Daft Punkの Autotune 観

Daft Punk が Autotune について言及した珍しい記事があったので読んで、なんだか印象が違うなと思って原文読んでみたら、そう極端には違わなかったのだけど、ついでなので解釈書き足しておこうかなと。

Daft Punk Slam Auto-Tune: 'You're Creating Something That Isn't Human' - Celebrity Gossip, News & Photos, Movie Reviews, Competitions - Entertainmentwise

Daft Punk Slam Auto-Tune: ‘You’re Creating Something That Isn’t Human’ – Celebrity Gossip, News & Photos, Movie Reviews, Competitions – Entertainmentwise

Daft Punk Slam Auto-Tune: ‘You’re Creating Something That Isn’t Human’ – Celebrity Gossip, News & Photos, Movie Reviews, Competitions – Entertainmentwise(アーカイブ)

原文。

Thomas Bangalter told NME: “Pop music is into the uncanny valley. For example, take Auto-Tune. Auto-Tune as an effect is very fun. We put it in the same category as the wah-wah pedal. It’s pleasing to the ear and creates those funky artefacts, a bit like the clavinet in Stevie Wonder’s ‘Superstition’.”
The producer continued: “The other use of Auto-Tune is the invisible one, where you put the voices of the performers in and you set the thresholds so you can’t hear the Auto-Tune is there. It makes the voice ‘perfect’. If you’re using it to solve small imperfections, you’re creating something that isn’t human.”

Before adding: “Would you Auto-Tune Roger Daltry on ‘Tommy’? Or Simon & Garfunkel? It stops being a fun effect and becomes like a clone from a terrifying sci-fi movie.”

Whilst rappers such as Kanye West swore by it, on the release of his 808’s and Heartbreaks album – where he famously sang the whole record in auto tune – the tool has prompted a number of musicians to speak out against it, including fellow rapper Jay-Z who proclaimed ‘The Death of Auto-tune’ on his single of the same name in 2009.

-Daft Punk Slam Auto-Tune: ‘You’re Creating Something That Isn’t Human’ – Celebrity Gossip, News & Photos, Movie Reviews, Competitions – Entertainmentwise

件の翻訳記事。

ダフト・パンク、「ポップ・ミュージックは薄気味悪い時代に突入している」と語る (2013/05/20)| 洋楽 ニュース | RO69(アールオーロック) – ロッキング・オンの音楽情報サイト

トーマ・バンガルテルは『NME』の取材に対して次のように語っている。

「ポップ・ミュージックは今や薄気味悪い時代に突入しているよ。たとえば、オート・チューンがいい例だよね。エフェクトとしてのオート・チューンはすごく楽しいものだと思うよ。ぼくたちとしてはギターのワウワウと同じジャンルのエフェクターだと考えてるんだ。聴いてて気持ちいいし、ファンキィな要素を生み出すんだよね。スティーヴィー・ワンダーの”迷信”のクラヴィネット・キーボードのようにね」

「でも、オート・チューンにはそれとわからない巧妙な使い方もあって、それはパフォーマーの声にオート・チューンがかかっているとわからないように効果をかけていくことなんだ。そうすることで声は『完璧』になるわけだね。わずかな狂いを修正するのにオート・チューンを使うとなると、なんか非人間的なものを作り出すことになるんだよ」

「たとえば、『トミー』のロジャー・ダルトリーのヴォーカルをわざわざオート・チューンで修正したくなったりする? あるいはサイモン・アンド・ガーファンクルとか。そういうことをやり始めると楽しいエフェクトじゃなくなり始めて、怖いSF映画に登場するクローン人間みたいになり始めるんだよ」

たぶんこうじゃないかと。補注ウザくなりますが。

トーマ・バンガルテル(Thomas Bangalter)はNMEにこう語った。「ポップ・ミュージックは不気味の谷に差し掛かっている。たとえば、Auto-Tuneを取り上げよう。Auto-Tuneをエフェクトとして使うのはとてもおもしろい。僕らはそれ(注:Auto-Tune)をワウ・ペダルと同じカテゴリで捉えている。それ(注:Auto-Tune)は耳に心地よいし、ああいった(注:ワウ・ペダルに類するエフェクターがもたらす効果全般)ファンキーな人工的要素を作り出す。スティービー・ワンダー(Stevie Wonder)の『迷信(Superstition)』におけるクラビネットみたいなもんかな。」

プロデューサーは続けてこう語った。「Auto-Tuneの別な使いどころとしてはこっそりと使う──つまり歌い手の声を取り込んで、閾値(注:認知の閾値と、パラメーターのスレッショルドを軽くダブルミーニングさせてると思われる)を設定して、そうするとAuto-Tuneを施された音が鳴っているとは聞こえない音になる。これにより声は’パーフェクト’になる。些細な歌い損ねの問題を解決するために使っているのならば、(それは)人間とは思えない何かを作っている(ことになる)のだ。」

補足情報前に一つだけ。「映画’Tommy’でのロジャー・ダルトリー(Roger Daltry)やサイモン&ガーファンクル(Simon & Garfunkel)をAuto-Tuneしようと思うだろうか? (もし、それをしてしまったらAuto-Tuneによってもたらされる効果は)面白いエフェクトであることをやめ、恐るべきSF映画でいうクローンとなってしまうのだよ」
(以下略)

おおむね違いはありませんけどね。けっこう投げやりな訳ですいません。

気になったのは、uncanny valleyを「不気味な谷」でなく「薄気味悪い時代」としているところ。「不気味な谷」の含意であり、話題の核心であるところの「本物っぽいけど違うために負の感情が起こる」って意味合いが削られちゃってて、あんまりこの訳し方は賛同できません。The WhoのRoger DaltryやSimon & Garfunkelは歌い回しやそれに付随する要素が彼らの魅力で、それを直すのは「見た目や声が彼ら」な紛い物を作ることになる!とまで仰ってるわけですしねえ。
その話題でいうと、Daft Punkが音程を補正するだけのAuto-Tuneをクローン製造行為と見なすならば、本物の定義は何?ってのが気になるところですが、思うに独創性、彼らの言葉で言えばファンクネスかなと。Artefact(=Artifact)は要素ってより、ファンクネスを担う人為的なものと捉えたほうが妥当かな。
「パーフェクト」ってのは、歌い損ねを直し過ぎない適正なスレショを見つけるという意味合いでしょう。

僕がDaft Punkの比較的シンパであるがゆえの読み方とも言えるでしょうけど、Auto-Tuneみたいな遊び甲斐のあるものを音程の補正止まりで使ってしまうようなことを自分たちはしないよって話と、Auto-Tuneかけなくても元が面白ければそれでいけばいいじゃんって話とで読んだので、訳文…というよりここでは原文もその前後関係でそう読めてしまうのだけど、アンチAuto-Tuneの弁として読んじゃうのはちょっと性急かなと思いました。

余談ですが、アンチAuto-Tuneのスタンスの人って僕の周りにもいくらかいて、それぞれ微妙にスタンスが違ったり。
Auto-Tuneの出番がないくらい完璧に歌うから見てろ(orそのぶん緻密に指示をよこせ)って人や、固有の揺れや声質が失われちゃうからやめてくれって人、Auto-Tuneを扱うエンジニアの腕(具体的にはエンジニアの、上記の話でいうスレショの認識)が信用できないからハナから断るって人、単に使いこなせそうにないって人。
一方で、以前書いたようにそもそもウマ過ぎて、ふつうに歌ってもAuto-Tune済みのヴォーカルだと勘違いされて評価対象外になっちゃう人、かたやレコーディングにかける時間が全然ないから一回だけ歌うんであと全部直しておいて下さいと言い出す方もおられるとか。
また一方でAuto-Tuneをかけるのは歌を楽器として使うためという考え方も見かけたことありますし、あまりにバックトラックに歌が馴染み過ぎるからわずかにシャープさせたりフラットさせたり、フォルマントいじって浮かせるために使うなんてのもあったりで、要するに一緒くたに考えることが難儀。シンパだアンチだと安易に二分で見なしてしまうこと自体が、Daft Punkのおそらく嫌うであろう脊髄反射なのかもしれませんですね。