なんですかね、続けざまに。
今度は作曲アプリの Amadeus Code ですって、奥さん。
ティーザームービーは削除(https://www.youtube.com/watch?v=19n80C1iPbM)されていますが、「おっ」と思わされる(とはいえ、音はいいけど高校生が作る曲って印象)くらいのクオリティ。
試しに作られたものがこれらしいです。
むむ…と言葉を飲まざるを得ませんが、これは初期段階。
DAW用にデータを書き出して、
このくらいに仕上げるといいね、という流れらしい。
これに先立つ Amper Music®っていうAIを使って、Taryn Southern(アーカイブ)という女性シンガーがアルバムを作成したなんていうニュースが以前あり、
でも、そんなに大きく話題になることもなかったようです。
曲が良いか悪いかは、聞き手によって多少なりとも人間びいきのバイアスがかかってしまうと思うんで、はたしてAmperを使いましたと言わずにアルバム出してたらどうだったかっていう、たらればを語るしかなさそう。もっとも、Amperを使いましたと言わなかったら言わなかったで、ズルいだの手抜きだの言われるだろうしなあ。げに恐ろしきはAIより人間と言えます。
元がこれ↓らしい。違う曲かな…?
プライベートのURLになってるそうなので、あんまり広めないでね。
Amperの事例とAmadeus Codeとを見て、すごく雑に感想いうと、結局アレンジ次第だよなと。
アレンジ前の段階でメロディーなんかをコードやスケールに対してシビアに作り過ぎると、しっかりアレンジをしても逆につまんない曲になりがちってのは自分自身何度も体験済みで、Amadeus Codeで聞くくらいに「あれ?」と思うのは大化けの可能性があると言えなくもない。というか、たぶんそれは理屈が逆でエモさ重視でコードやスケールの優先度を下げるのが今どきの作り方なんでしょうけど。
で、ついでに雑にいうと、仮に作曲家の仕事が無くなったとしてもアレンジャーの仕事はなくならないんで、曲の断片をどうつなぎ合わせて、どう体裁繕って見せるかはそれなりに勉強して習得していかなくちゃいけないだろうねと。
もしくはAIに情報として備わっていないであろう、”場に即した”ものを作る技術を習得していくとかね。
ちょうど一年前にBobby Owsinski氏のブログでGoogle MagentaプロジェクトのAI Duetが人間の仕事を奪うことはないだろうみたいな話が書かれていてその概訳を記しました
そしてここで、数日前に話題になったこの記事。
自動化によって仕事が奪われるのではなく、自動化されたタスクの操作の仕方、運用の仕方が分からなくて、仕事ができない人扱いされ、結果的に「使えない人」扱いになってしまうのです。
「AIが仕事を奪う」への疑問 いま、“本当に怖がるべきこと”は (1/3) – ITmedia NEWS
(中略)
いまや「人工知能に仕事が奪われる」という文章のリード文は、ものすごく恥ずかしいのです。世界は既に「デジタル化に向けて私たちは何を学び直すべきか?」を話しているからです。2周どころか、3周、4周回遅れの議題だと言えます。
個人的には、AIの作曲システムは有効に使っていけばいいんじゃね?と思ってて。
敵認定したからといって別に得るものないですからね。
手軽であれ入念であれ曲を作る楽しみは楽しみで無くなるわけじゃなし。
AIと競争する生き方もある(それで食えるかどうかは別)し、と。
今日もまた眠いまま書いたのでまとまらず。