📜 雑記帳 220827

特に結論のない気づきをダラダラとまとめる雑記帳。

AI ラッパー

AI ドローイングの話題が真っ盛り。CDMでもStable Diffusionが取り上げられ、考慮すべき論点が(大まかにですが)整理されています。翻訳ソフトを使ってもわかりにくいのは、アツい話題になるほどCDMの記事がわかりにくくなる毎度のこと。
勘違いする人がたまにいるけど、翻訳されたからといって海外で流行っているミームまで理解できるわけじゃないですよ(たとえば「ぬるぽ、ガッ」は英訳されたところで、海外の人にはわからない)。

折しも、AIラッパーがデビューし、TikTokで10億回の再生回数を記録したとのニュースも。ただ、大部分がデータから成り立っているとはいうものの、記事をざっと流し読んだところでは、実際にどの部分をもってAIとしてるのかはよくわかりません。有名なスピーチフレーズをラップ調に変換するサイトが以前ありましたね。その延長に位置するものなのかなと考えたり。

半ばバズワード化しつつある面と、Stable Diffusionのように完成度が高まってきてる面とを考えると、AIが仕事を奪う心配をするなら、AIを使ったフリ(つまり実際は人力)をしたマーケティングをも同時に警戒する心配が当面ありそう。

もろもろ始まりの喧騒って様相ですが、人の職場だったとこにエイリアンが転がり込んできたときに世間がどう動くのか、うちらはボカロなり現在のVTuberなりで見覚えがありますね。
アーティストとして求めているものが生身性って、かつて散々語られましたが、TikTokで既に10億回って数字を出されたら、もはや生身性だのなんだの関係ないんだろうなって。

…と、記事を書いた数時間後、見栄えやラップの内容に黒人に対する勝手なステレオタイプが反映されて不本意(とここでは手短に記す)とする抗議が示され、AIラッパーとレコード会社との契約が白紙撤回されたとのこと。
実感的に問題を理解できているわけではないのだけど、この先、AIが自主的にせよ収集してくる学習材料やそれが紡ぎ出す新しい創作物と、こうした差別問題や文化盗用問題とが無縁である保証はないと気付かされました。そして技術や手続面のブレイクスルーに鼻息荒くするあまり(ありうる)問題が見逃される可能性も往々にしてあるんだよなと改めて思った次第。

ごんぎつね

シンプルな事例に対して用語が敷き詰められるタイプの記事は個人的に警戒して読むようにしているので、文春記事については「こういう考え方がある」程度で判断しているのですが、本来グラデーション状の事柄を二値化して考えちゃう(好きでないなら嫌い、という考え方)危うさについては自分も同感。大人でも結論急ぎがちな人や、一辺倒に話を単純化する人に多いかな。

判断保留は卑怯だとする言説を以前見かけましたが、少ない根拠で断じるほうがよほど害悪(判断を下す前に資料集めをしっかりせよという話なら納得)。
そこいくと教師の問いも、子どもたちにとって資料が少ない状態で判断を迫ってるから危険なのですが、ただし、子どもたちに性急な判断は危険だと教えるための道途であるなら、取りうる手法の一つかなと思います。こういうのは複数のケースを見てからじゃないと何かを論じようとしても空虚に映ると思います。

日本語力と英語力

直接このあと書く話題とは関係ないのですが、ちなむので参考までに載っけときます。

何度か書いてるけど、自分は英語が得意というわけではない。抵抗がないってだけ。
うちの奥さんは「それでも羨ましい」と言ってきてたのですが、何ヶ月か前から必要にかられて日本語ローカライズされていないアプリを使い始め、最近は「英語に抵抗が無くなってきた」と驚いていました。最初のハードルってそんなもん。日常的な接点は必要(ただしそれは初手であり、一つの手法に過ぎないと思う)。

日本語の語彙力の話とか難しい漢字とか誤用の問題とか、話題として度々見かけて、そこまでナーバスにならなくても…と思う一方で、たとえば日本のコンテンツを海外でも消費してもらおうと思ったら、語彙力や誤用は障害になるかもしれないなと思いました。
誤用のせいで(「役不足」「気のおけない」「流れに棹さす」など)真逆の意味になったり、作者が勘違いして覚えた慣用句(「熱にうなされる」「的を得る」など)が辞書に存在しなくて訳せない可能性はあります。うちらは習慣的に脳内補填できる主語が、いざ翻訳されると間違った主語に差し替わっているケースも。
コミカライズの際に句読点を削る文化圏がありますけど、これも翻訳時に誤読を誘う可能性があります。海外で有志で翻訳してくれる(海賊版もここに含めるべきか…?)人がたまにいますが、翻訳に際して「この文章は何を言ってるんだ?」って彼らを悩ませる機会は、ないに越したことはない。
「月が綺麗ですね」が愛のささやきであろうとデマであろうと、そうしたレトリックに関する話題が存在することを知らないと訳せないし、噛み砕いて説明して他言語話者にその何たるかを伝えることはできない。翻訳は訳すこと以外に、ある種のデバッグや考証、注釈を行います。時間の問題だとは思うけど、AIが、文章の背後にある知識の網目の糸口を示してくれるとこまで行くと、本格的に翻訳業界を脅かすことになるんだろうなあと。

どこまでがわかりやすい文章で、どこからがわかりにくい文章なのかと。なるべく多くの人(自分自身を含む)が、つまずくことなく読めるのがわかりやすい文章だろうと思います。

Twitter

先日、関連した話を少し書きましたが、私のクリエイター名というか活動名に類似したTwitterアカウントが増えてるようで、NFT関連の話題やアニメ関連グッズの話題を振りまく方など、エゴサーチにわっさわさ引っ掛かってきてます。もはやエゴサーチの体をなしてませんけど、それはさほど困ってるわけじゃありません。
二点だけ記すとすれば、特に私はアカウントを新たに作ったりしていないので、コンタクト取ろうとされてる方はお間違えなく。もう一点、エゴサーチのほうにその方々のツイートがベロ見えで流れてきてますんで、見られると恥ずかしいって人は鍵垢にするなどしてください。

クリエイター時代に考えていたこと

自分でクリエイターを名乗ったことはほぼないのですが、クリエイターとして名刺が作られたりお客さまに紹介されたりする間に、すっかり自分を規定する言葉のようになっていきました。そうこうしてる間にクリエイター脳みたいな感じになり、2つだけ、ものを考えるときのキーワードが生まれました。
それは「ほんとか?」と「ということは」。無理とされるものが実は工夫次第でできるんじゃないかとか、この現象は別の何かに応用が聞くのではないか、って2つですね。とどのつまり行き当たりばったりに近いのだけど、科学的にモノづくりをする世界じゃなかったので、定量性をそこまで重視しなかった。たぶん必ずしもいい習慣とは限らないと思うのですが、窮屈な思いをしている人には何か参考になるのかなってことで記しておきます。