Phase Inverted MIX(逆相混じりのMIX)

以前どこかで読んで以来、左右で逆相のMIXになっているコンピレーションアルバムがあるというのが気にかかっていた。

今日、とある制作資料として某コンピ(元記事とは別物だと思う)を聞いていて「ん?」と思うものがあった。
これが例の逆相か? でも逆相の聞こえ方とちょっと違うな、ということで見てみた。

念のため、前置き

左chと右chが完全に同じ内容、つまりモノラルで片chの位相が裏返っていると完全な逆相。測定したときにも完全な逆相として示される。
左chと右chがそこそこ異なっているサウンド、つまり一般にいうステレオで片chの位相が裏返っていると、逆相に正相が混じったものとして観測できる。
左chと右chが完全に異なっているサウンドもステレオとはいうが、1個のファイル(1曲)まるごとそういう状態のデータはめったになく、せいぜい曲の途中で完全にLRにパンを振っているなど演出上で見られるくらい(近年そういう演出は増えてきているが)。片chが裏返っていたら偶然逆相になる箇所が出る。まあ測定はほとんど足しにならない。

ステレオ時代以降の2ミックスは完全な逆相になることは基本なく、「逆相である」と言われたなら「逆相の音が混じっている」という意味だと捉える必要がある。
「完全逆相として測定されていないから逆相ではない」という理屈が万が一に頭に思い浮かぶようであればちょっとマズい。

頭の中から聞こえているとか、背後から眼前に向かって鳴っているように聞こえるとか人によって逆相の聴感の喩えはマチマチ。
聞こえるけど定位を判別できないという感じなので、逆に定位を判別しにくいエフェクトは逆相に聞こえてしまう傾向もある。
たとえば左右の時間差(後述のように結果的に逆相を生む場合もある)、左右で別々のEQをかました場合など。

ビジュアライザーで見てみる

違和感のない曲、たまたま選んだPierce FultonのKuaga (Lost Time)だとどう見えるか。

MultiMeterのGoniometerもiZotopeのInsight(表示はPolar Level)も、水平方向に線が現れると逆相が出ていることになる。
わかりやすいよう視野角に例えていえば90°に収まるのが理想。
スクショのようにこの曲で逆相が出ているのは、マキシマイザーで持ち上げすぎて歪んだためと思われる。

一方、問題の曲はどうか(曲名は伏せておくが、とりあえず上の曲とは別のコンピだとだけ書いておく)。

Goniometerだと左上からのスクラッチ状の形が若干気になる程度で、ひどく逆相になっているわけではないのがわかる。
ただ右下のCorrelation、これはInsightでも右端にあるものだが、マイナスのほうに少しハミ出していて、そこそこの逆相が検出されている。
InsightのPolar Levelの画面で見ても、視野角でいう90°を超えた左右側にかなりハミ出している。

ちなみにGoniometerのメーターをTrue Peakに変えたらわずかながら0dBを超えてしまった。
圧縮音声状態でのチェックとはいえ、アナログ機器にもあまりよろしくはないマスタリングといえる。

低域も含めたImagerの産物か

逆相だー!というよりは、逆相の帯域がガッと来るという印象で、たぶんバッチ処理的にステレオ加工した末の産物だろうと思う。
たしか読んだ記事でもそのようなことが書かれていたと思う。

どういう加工をしたのか、加工前の音源を持っていないので推測するしかないが、可能性としては次の4つくらいか。

  • 低域も含めてImagerでガッツリ広げた。
  • 左右逆形状のEQをかけた。
  • 元がモノラル音源のものに対してEarly Reflectionまたは超短いサンプリング・リバーブを挿した。
  • 元がモノラル音源のものに対してサラウンドエフェクトをかけた上で、5to2のミックスで出力した。

原則、低域はImageの効果範囲から外すわけだけど、何らかのプラグインのプリセットを使っちゃうとこうなる可能性はある。
Ozone 7のImagerだと、低域の広がりを80%上乗せする設定のEnhanced Spaceというプリセットがあって、これを使うとかなりエグい定位になるのだが、好ましいサウンドとは言い難い(好き嫌いの問題と言ってよいのだが)。

何度か書いたがLogicのRingshifterは設定次第で左右逆形状のEQをかける状態を作れて、雰囲気としては問題の曲にかなり近いサウンドになる。
逆相のように耳に聞こえてしまうのだが、実際には逆相にならない。
したがってこの手法を用いたわけではないだろう。

サンプリング・リバーブにも色々あるが、使うサンプルのスタート/エンド・ポイントの設定次第では逆相を生みうる。
サラウンドについては詳しくないのでわからないが、似たような体験があるので一応挙げておいた。

Imagerだとこんな処理か?

Imagerだとこんな処理か?

問題の一つは、元がモノラル音源である可能性があること。
モノラル音源には単純なImagerは全く機能せず、なので先ほど挙げたように短いリバーブやサラウンドエフェクト、そしてOzoneのImagerの設定にもあるようなStereoizeなどを使っていったんステレオ音源化しようという発想になる。
Stereoize自体は「ステレオ化する」意味合いしかなかったが、msec単位のディレイを施す機能の名前として今は定着しつつあり、OzoneのImagerもこの働きをすると思われる。
DCを挟んだ上下の波形の形状が似ていれば、データの開始位置をズラすだけで逆相状態が簡単に生まれてしまうのだが、どれだけズラすと逆相になるかは元の音の周波数次第。
音程の変化が多い曲や和音の多い曲、波形の繰り返しの少ない生楽器中心の曲、DCを挟んだ上下の波形の形状が異なる音色を多用した曲だと逆相は起きにくい、または起きても気付かれにくい一方、ワンコードで曲が遷移しやすくシンプルな波形を好むタイプのクラブ・ミュージックだと、1曲を通して特定の帯域の逆相状態がずーっと目立つのだろう。

ただ、逆相って、ふだん音楽をやっている人でもわからない場合があるので、モノラルと比較して「あ、ステレオだ」と感じちゃう人がいても仕方ないかなとは思う。
そんな調子で、便利ツールとして豊富なプリセットを備えたソフトウェアを手に入れた人が「この設定使う俺、かっけえ」と思って使ってしまい、だけどベテランにとってみれば「それを使うなんてとんでもない!」と、そんな事態が発生することもあるだろうなと思う。

聞くところによれば、コンピのマスタリングかどうかは抜きにして逆相ミックスが浸透しつつあるようなので、果たして定着するのかどうか、注視していきたいところでもある。