さる
北海道在住ってことで北海道弁の話題は雑談でも頻繁に持ち出されるんですが、ふと「さる」の言い回しで思ったことをつれづれと。
「さる」は自発的表現とあります。
「進んでそうしようと思っているわけではないが、状況が自動的にそうしてしまう」という心情を表せる。
北海道方言 – Wikipedia
動詞の活用そのものに「自分が悪いのではなく、対象物が悪い」の意味が内包されているため非常に便利であり、多くの場面にこの表現が当てはめられる。「この鉛筆、書かさらない」、「電気が消ささらない」
またその逆に、人に向かって注意を喚起する際、この表現を用いれば「誰が悪いとは言わないが、対象物がそうなっている」という意味合いが出せるため、相手にあまり負担を感じさせずに言うことができる。
「〜さる」は自動詞がない動詞を自動詞として使いたい北海道の人が編み出した方法ですね。だから「言わさる」は耳に馴染みはなくても北海道の文法上は合っていることになります。
北海道弁「押ささる」は便利すぎるので標準語にするべき #北海道あるある – yumulog | 社会人博士の日記 の※欄
「植える(古語ワ下二:植う)」に対する「植わる」、「据える(古語ワ下二:据う)」に対する「据わる」、「茹でる(古語ダ下二)」に対する「茹だる」みたいな、語幹に”aru”がつく自動詞他動詞対応がないものは”asaru”を強引につけて自動詞化してるってことみたいです。
自発的表現に含まれるのかな、全道的に使われる語法か不明ですが、次のような使い方も経験があります。
- 「書かさった!」(=なんとか書き終えた!)
- 「配らさった!」(=どうにか配り終えた!)
- 「押ささった!」(=どうにか押すことができた!)
「書かさる」は、筆記具にインク切れ等の問題があって、インクを補充したあと書けるようになったときや、書いてる最中に「書けたか?」と催促っぽい指示が何度かあってせっつかされながらも書き終えたことを宣言するときなんかに言い得ます。
同様に「配らさる」は、数が足りるかどうかわからないけど配ってみたら配るべき人すべてに行き渡ったときや、やたら時間が掛かってしまったけど配り終えたときなんかに言い得ます。
この語法も考慮に入れると、責任回避というよりも、何らかの意思に沿わない事態があったことをうっすら滲ませた語法かなという気がします。
より意思に沿わない事態であることを強調するときには「らさる」って言い回しになる傾向もありそう。「押ささる」よりも「押さらさる」って言ったほうが、自分の意思じゃない印象が強い。北海道弁としても正しくないのかもしれませんが。
あと、先ほどの自動詞他動詞対応の「茹でる」で考えると、「茹でらさる」(「ら」が欠落する可能性もあり)は、たとえばトウモロコシだけを茹でるつもりだったのに虫が紛れ込んでいて、虫を茹でるつもりはなかったのに不本意に虫も茹でてしまった場合に言い得ます。
個人的には「茹だらさる」のほうが抵抗なく使えます。何故なら「虫が」という主語を「茹だる」が直接取れるから。「虫が茹でらさる」も言い得るけど、「茹でらさる」ときの「虫」は本来たぶん目的語で、「さる」によって「茹でる」が自動詞化されているため連動して「虫を」でなく「虫が」になってるのではないかと思います(余談。他動詞と自動詞との対比で「植える」vs「植わる」、「据える」vs「据わる」ってのがありますが後者を知らない率がけっこう高い気がします)。
「茹だらさる」のほうが抵抗なく使えるけれども、もし「茹でておけ」という指令があってその任務を遂行したことを伝える際には「茹でらさる」と言うのが妥当かと思います。「茹だらさる」だと動作主である「私が」を取れず、むしろ指令を受けた自分が任務を全うすることなく勝手にモノが茹だり上がってしまったことを示してしまいます。
漢語や横文字使ったような言い回しは「サチる」→「サチらさる」みたいなラ行にでも落とし込まれない限り借り物感が出ますね(「着陸さらさる」OR「着陸しらさる」みたいな揺れも起きる;「着陸せらさる」くらいまで揺れる可能性もあり)。
Wikipediaの北海道弁のアクセントのとこ見てると、だんだん喋るのにも何か勇気が必要な気分になってきますね。怖。
追記:
いや、はたしてどうかなと思うのを幾つか思いついてしまったけど、いずれ(それなりに)考えることにしてひとまず列挙。
標準語 | 北海道弁 | 例文 |
---|---|---|
死ぬ自 | 死なさる(死んじゃう:標準語よりだいぶドライな印象だが、現在は使う場面が限定的だと思う) | そんなに食べたら死なさる |
寝る自 | 寝らさる(寝ちゃう:こっちのほうがご年配な感じで、因果関係が強調されて聞こえる) 寝ささる(寝ちゃう:こっちのほうがカジュアルな印象) | あんたの歌聞いてたら寝ささる/寝らさるわ |
立つ自 | 立たらさる(立っちゃう:ご年配の方を中心に使う印象) 立たさる(立っちゃう:少しカジュアルかも。もう少し身近な出来事を言う印象) | このボッコ(=棒)、ちょっと細いもんで、やっと立たらさったよ |
来る自 | 来(き/く/こ)らさる(来ちゃう:来(き/く/こ)ささるとのニュアンスの違いが説明できないが、なんだかんだ選んで使ってる気がする) 来(き/く/こ)ささる(来ちゃう:同上) | あんたが泣きそうな声で電話してきたら、そりゃあたしも来ささるっしょ |
(刺/指/挿)す他 | (刺/指/挿)さらさる(刺/指/挿さる:他動詞があっても冗長表現になりやすい) | まっすぐ落っことしたから、地面に刺さらさったわ |
焼く他 | 焼かさる(焼ける:他動詞があっても冗長表現になりやすい一種だが、意に沿わないニュアンスが強い) 焼からさる(焼ける:「ら」を入れる癖のある人がいうと思う) | ずっと船乗ってたから、ずいぶん(肌が)焼かさったわ |
巻く他 | 巻かさる(巻けちゃう:放っといたら巻いた状態になってしまったというニュアンスもある) 巻からさる(巻けちゃう:「ら」を入れる癖のある人がいうと思う) | イカあぶったらこんなに巻かさったよ |
負ける自 | 負かさる(負けちゃう) 負けらさる(負けちゃう) cf. 負かす | この子、力強すぎて、何度やってもおっちゃん負けらさるわ |
背負う他 | 背負わさる(背負っちゃう) | いや、かるいんだ、これ。背負わさる、背負わさる ※変則的な用法と思われる(「背負っても平気だ」というニュアンス) |
泳ぐ自 | 泳がさる(泳いじゃう) | このへん浅いけど、波が強いから泳がさるね |
変える他 | 変えらさる(変わる:いわゆる「変わる」に「手放し感」があるのと違って、自分の手/意思で行なってるニュアンスが残る) 変わらさる(変わってしまう:自分の手/意思で行なってるニュアンスがまだ残ってる。不思議) | この芸能人出てきたら、なーんか、チャンネル変えらさるわ |
脱ぐ他 | 脱(がさ/がらさ/げらさ)る(脱げる) | 靴下のゴム緩んじゃってさ、すぐ脱がさるんだ |
あと、使役助動詞は動詞が五段活用するとき以外「す、さす」の形にならないとどこかにあった(Wikipediaかな?)気がするのだけど、わりと北海道だとそれ以外でも「す、さす」で言う気がする。大阪弁の影響なのかな(cf. 使役の助動詞(す、さす)(アーカイブ))という気も。
北海道在住ながら北海道弁として成立してるかどうか自身で把握できてない、たとえば既述の「〜さる」「〜らさる」を典型的として、子供でも大人でも「書かさる?書からさる?」と言って首を傾げながら一生懸命説明する光景を目にする機会は非常に多い。
方言文法として定着し切っていないのか、それとも方言にも地域差があってその地域差を恥じているのかはよくわかりません。
アクセント
頻繁に取り沙汰されるのは、以下の類(太字部分が高いアクセント)。類例はWikipedia等で。
- コーヒー(標準はコーヒー)
- ようちえん(標準はようちえん)
- いす(標準はいす)
- いちご/いちご(標準はいちご)
- おたる(標準はおたる)
- にじゅうくにち(標準はにじゅうくにち)
- や(止)む(標準はやむ)
こうしたアクセントは気を付けていても意外とポロリと出ちゃうため、予算が乏しくCMのナレ録り時に経験の浅い人を雇ってしまい気づかずに納品してしまったって失敗談もかつては聞きました。
全国的に若い世代では方言が使われにくくなっているようで、北海道でも「なまら」「〜べさ」「〜っしょ」はよほど気を許した相手と話すとき以外に聞かれなくなった印象があります。ただ、アクセントは自覚しづらいっぽい。
キー局から地方局の中継に切り替わってアナウンサーでなくディレクター等がレポートする際、訓練が不十分なのかアクセントのおかしさを感じることは多く、全体的に平板で一文字目だけが低いところから始まる印象が強い。