15年ぶりにNauts氏とお会いしました。
SNSをやっていない人なので、写真をアップしていいものかと思っていたけど、いいってさ。といってもここ最近の𝕏は殺伐としてて危なっかしいので𝕏にはカフェの卓上の写真だけ上げました。
PLATiNA::LABでもコラボレーションに応じてくれた旧友です。というか、今の界隈のほかの人たちを私は全然知らんのですよね…。ましてや首都圏在住でもないし。
お互いに干支一巡の間に色々あり、積もる話もたんまり。特にコロナ禍の打撃が大きかった。私はといえば、コロナ禍を機に楽曲制作をほぼしなくなった。
年に3,4回ほど日本には来ているみたい。とはいえ札幌に来られるのは前回お会いした15年前以来。
こちとら、さまざまな事情で札幌から離れられない身なもんで、それでもわざわざ顔を見せに来てくれて嬉しいやら申し訳ないやら。むろんお食事はご馳走させていただきました。
以前訪韓したのが17,8年くらい前で、そのときはじっくり話すこともできずじまいだったので、今回は内面的な話も含めて身のある濃いお話をできました。
備忘を兼ねて興味深かった話を一つだけ記しておくと、K-PopがEDMコーティングされていた時代は一段落し、今はむしろ、今の4,50代くらいが若い頃に聞いていたようなスタイルでコーティングする手法が浸透していて(それが日本にまで及んでいるかは知らない)、それまでEDMスタイルで制作に貢献してきたクリエイターたちはついていけなくなり、憂き目に遭っているとか。心を病んでしまった人もいるそうで。
あくまで彼の目から見ての話になるので、体感としてそうではないと考える方も多いだろうと一応エクスキューズしときますが、楽曲の構成や音作りの面でガチガチの教本があった状態から教本が取り払われてしまい、何を頼りに音楽を組み立ててよいかわからなくなってしまったといいます。
誤解を恐れずにいえば、4,50代の足取りって良くも悪くも自分が頼りだったので自分さえ見失わなけりゃどうにかできたのだけど、ちょっと世代が下がると(ある種の)正解を誰かに示してもらわなきゃならなかったということになります。それが良いとか悪いとかでなく、状況って変わるのよということ。世知辛い、の一言に尽きます。
むろん今の4,50代の若き頃のノウハウをいま現在そのまま活かしてどうにかできるというわけではないし、日本においても同様のことが起きると考えるべきかというと、わからん。近いことは起きるかもしれないけど、そんな手のひら返しみたいな逆流は起きないんじゃないかと思います。
ほかに、ここでは書けない水面下の話なんかもしつつ。
大まかには、当時交流していた面々は今なお意欲的に活動しているそう。
身の回りが落ち着いたら、今度はこちらが韓国に行って、お世話になった皆にお礼参りしたいですね。
そういや、Nautsさんは’しきりに’言ってくれるのだけど、私、韓国の方々からの信用が結構あるらしい。もちろん、自分は全くそんな印象ないのだけど。どちらかというと、難しい譜面の人と一方的に思われてる印象しかない(何度も言うけど、譜面は自分が作ってるわけではない)。
社交辞令かもしれないとした上でなのだけど、曰く、納期を守ることと、本音と建前みたいな付き合いにくい日本人らしさがないことの2点が信用として大きかったらしい。
納期についちゃ、それを守れないほど当時忙しいわけじゃなかった、ってのが理由の全てでしょうね。音楽を作る以外に時間を注ぐ対象もありませんでしたし。
本音と建前ってのでいうと、これは当時も日記に書いたハズだけど、海外とやり取りをするに当たって外国語に翻訳して伝える「建前」が手間以外の何物でもないと思ってたこと。1ターン無駄に増えるだけですからね。
なので不躾ってのでなく、具体的に伝えてただけ。
それが有り難かったと言ってもらえるのは、こちらも有り難いですよね。
私がEBさんからコンタクトを受けてコンピへの楽曲提供を行い、そのあと音ゲーへの楽曲提供も開始したのがかれこれ20年以上も前の話。当時の韓国は契約書をあまり重視していなかったので、(私自身は別に構わないのだけど)もし他の日本の人も楽曲提供するようになるなら契約書を一応交わしたほうがいいと勧めたのでした。
同じアジア圏だからってんで油断して商習慣の違いに足をすくわれる人もいたわけで、当然と思っていることでも文書化して認識をすり合わせた方がいい、てな感じでね。
今なんて韓国に限らず簡単にやり取りできる時代だから、やっぱり一つの世界みたいに油断して商習慣の違いに足をすくわれる人がやっぱりいるでしょう。契約書も大事だけど、そもそも習慣違うってこと忘れないようにしないとね。