情報消費の権限はとっくに消費者の手に

博多大吉が語る「今の20代がテレビを観なくなったワケ」 | 世界は数字で出来ている

視聴者は受動的なんて聞いたことありますけど、チャンネルくらい主体的に変えまさぁね。
いま空き時間にyoutubeで動画を見たり、僕はLINEやっていないけど、物心ついた頃からこんだけ選択肢がある人にとってチャンネル変えるのとTVを見る/見ないのとは同じレベルの選択肢なんでしょうね。
ましてyoutubeの動画は見たい部分に飛ばせるし、LINEだって苦手な話からフケられたり、と自分でコントロールできます(ただし主体的に接してた場合)。
音楽やゲームを買う/買わないってのも同じレベルの選択肢なんでしょう。

供給側に特殊な制作技能が必要であっても、作られたTVや音楽やゲーム自体は他の色んなものと同格で特殊ではないし、消費者に都合いいものがあればそっちに行くでしょう、だって自分もそうですもん。

見たいものか聞きたいものかわからないものに食指を動かすような博打を消費者がある程度主体的に避けられるご時世に、供給側が「内容次第でクリアできる」というのは個人的には博打とあんま変わらない気がしてます。
博打結果を蓄積して精査した上でっていうならまだしも。

音楽やゲームやTVが必要となる場面を共同でわざわざ作っていったり、それなりにリサーチしたり、鑑賞者の身になってみる(すごく初歩的)とか、結果出してる人はやっぱり頭使ったり他人と協力して取り組んでるよなあという印象。