ぎりぎり詭弁にならない「気づく瞳」

仕事が出来る人 or 出来ない人、勝ち組 or not は同列に語れないし理屈も筋も違うけど、なんとなく並べてみた。

「気づく瞳」「気づかない瞳」 - G.A.W.(アーカイブ)
「気づく瞳」「気づかない瞳」 - G.A.W.(アーカイブ) 「気づく瞳」「気づかない瞳」 – G.A.W.(アーカイブ)
脳科学(?)とあさごはん - とらねこ日誌
 脳科学(?)とあさごはん – とらねこ日誌

気付く瞳があれば仕事が出来るようになるという理屈はニセ科学ではないけど、鵜呑みにする必要もわざわざ否定する必要もないかも(前に、ある年配の社員が退職したら若い社員じゃ隅々まで気が回らなくて社内の業務がうまく回らなくなったって記事があったけど、それを思い出した)。でも良記事。

それにつけても、朝食をとれば勝ち組になれるという理屈はすごい。統計やら学問やら研究やらがダシになっているというか、単に詭弁というか。メリットをそれっぽい形で提示されない限り取り組めないという層がきっとあるのかなと思う。彼らを焚き付けるというニーズに学者が引きずり込まれるのもなんだか災難な感じがするし、統計やら学問やら研究やらがその辺のニーズにもし引っ張られていくようになるとしたらさらに怖い。

みんながみんな高いリテラシーを持つのは難しいかもしれないし、もちろん自分に充分なそれが備わっているとも全く思わないけど、だからと言って怪しげな理屈を混ぜ込んで理解しやすくするのは好ましくなさそうだなと思った(ニーズがそこにあるという意味ではその界隈に仕事があるということでもあるな)。

情報の誤差、という言い方は相応しくないけど、後々にでもその誤差を補正して必ず正しく理解できる可能性がはたしてどのくらいあるんだか。