雑記帳 180721

「いたって」って単に程度が大きいだけ?

[副]《「いたりて」の音変化》程度のはなはだしいさま。きわめて。非常に。「至って健康だ」「至って陽気な性格」

至って(いたって)の意味 – goo国語辞書

〈副〉 きわめて. ▼~元気

三省堂 Web Dictionary(アーカイブ)

面接で身体のことを聞いて「いたって健康」と答えられた場合、ああ十全に健康なんだなって思うときと、何か含みを感じるときとがあって、これは相手次第?

いえ、当家の料理人にございますが、至って不束でございまして。

泉鏡花「眉かくしの霊」青空文庫

老人とは言うものの、やっと六十歳で足腰も達者、至って壮健のほうである。

国木田独歩「二老人」青空文庫

塾規が無いのではありませんが至って漠然たるものでして、

幸田露伴「学生時代」青空文庫

召使も居れば傭の男女も出入りするから朝夕などは賑かであるが、昼はそれぞれ働きに出してあるので、お浪の母が残っているばかりで至って閑寂である。

幸田露伴「雁坂越」青空文庫

泉鏡花でいうと料理人というからには器用そうなのに不束、独歩のだと六十だというのに達者/壮健、露伴の学生時代のは一般に厳しい印象のある塾規とはいえ漠然としてる、雁坂越の例文だと指折の財産よしな家なのに家族が少なくて朝夕は賑やかでありながら昼は閑寂、みたいな逆接の用例が多い印象がある程度あって、それでどうも「いたって健康」に含みを感じてしまうのかなと。両親とも床に伏しているけど自分は健康とか、物覚えは良くないけど体は健康みたいな。

ネットの断片情報を補う現実体験が必要ってことかな?

※記事再編

Hypebotで取り上げられているのは、CASH MUSICのエグゼクティブ・ディレクターでBikini Killのレーベルマネジャーで…と幾つかの肩書きを持つMaggie Vailのツイート(Lack Of Streaming Artist, Song Info ‘Is Just D-U-M-B’ – hypebot)。

このブログで埋め込むと重複が出てしまうらしい。見にくくてすいません。

記事に記されてあるとおり、続きはWebで。
要は、ストリーミング時代、今聞いてる曲を誰が演奏しているかとか、誰が書いたのか、誰がエンジニアリングしたのか、誰がプロデュースしたのかなどわからんのが辛いと。それらの情報がどれだけ有用であるか、ここからどれだけ世界が広がるか、と。

って、ストリーミングで拍車がかかっていそうだけど、これ、ネット配信初期の頃から少なくとも身の回りでは話題になっていたのであって、個人的には「そういうもん」と思っちゃってます。
その環境がふつうになって、やれスーパーで流れている曲のプレイリストが実はWebで公開されていると話題になったり、でもFMラジオの時代も今の曲何ですか?って局に問い合わせたみたいな似た記憶が甦って、「あれ? 技術が変わったりしてるけど、やってること変わんないな」と思ったり。
昔、楽器屋をうろついてるときに店内で掛かってる曲が気になって、店員に聞いたらそれはGregg Bissonetteの当時非売品のCDで、貸してくれて、Gregg Bissonetteを知ったり彼の交友範囲を知ったりってことがありました。情報は必ずしも提供されるばかりじゃなくて、自分から手を伸ばさないと手に入らないものがあると思ったもんです。

ツイートがそもそもCASH MUSICの宣伝目的なんだろうけども、ただ、まあ聞いてる音楽に付属する情報が実はその音楽と同じくらいに示唆に富んでいるというのは、この先も事実として変わらないだろうなと思いました。
こうした情報が伏せられるお蔭で逆に、いい意味でやりたい放題になったり、ライブで初めて見て「えっ、実はそうだったの?」って驚いたり、そういう恩恵があるともいえます。

ふと、インターネットは社会を分断するのか? : 富士通総研(アーカイブ)という記事を興味深く読ませていただいたのを思い出しました。
ともあれ、ライブで実際に見て得た知見にせよ、噂レベルでも聞いた知見にせよ、音楽が言及性の乏しい断片となるのは免れ得ないものとして、それらを補完(補間)する情報の有無(信憑性もある程度大事;ある程度と書いたのは妄信しないにしても何らかのヒントとして創造的転用が可能であるという意味)や導線の構築はいま現実世界が/で担う分野なのかもなと思いました。
WhoSampledとかDiscogs、最近個人的な調べ物で多用していて、あれが頼りになるのはやっぱそれを有用な情報として公開して、場合によっちゃマネタイズを成り立たせているからなのかも。
よく捜査中の刑事なり探偵が「これでつながった!」と渋い顔で呟くアレがより身近になったと考えたらいいのかな。

ブレイクでドミナント鳴ってない流派

サビ直前1小節でブレイク入って、転調して、サビのメロディがアウフタクトで始まるというド定番の展開。
きっかけ無しの転調にそこまで慣れていない(たぶん)ので、僕の場合はブレイク中にドミナントを脳内補完しちゃうのですよ。
だけど、どうもそうじゃないっぽいなと感じる事案が発生したのでメモ。

図にするまでもないんだけど、たとえばこういう。

Bメロ サビ
Bb C Dsus4 D   E B C#m A

Bメロとサビの間の1小節分ブレイクが入って、丁寧なバンドスコアだとコード表記に「N.C.」と書かれる箇所(個人的には調性が失われているとき以外N.C.を使いたくはないのだが)。
ここはサビのメロディが突っ込んで始まってて、その音程を拾う限り(サビの1小節目にあたる)Eとも書けそうなんだけど、僕なんかはここにB7を補って捉えちゃう(ジャズミュージシャンや坂本龍一だと7,13thか)。そうしないとムズムズしちゃうからってのが理由。
R&BでもJ-Pop、J-Rockでもよくこの箇所にベースのグリッサンドが入ったりして、その始まりの音程や終わりの音程は(ほとんど聞き取れないけど)ドミナントのルートだと思うのだけど、言われてみれば何年か前からトニックのルートで鳴らされるパターンを2,3度聞いたかな…。
記憶はあやふやだけど、Superflyくらいまではそんな感じだったと思います。

ダイナミズム至上主義的に考えるとサビの1小節目はガツンとさせたいので、このブレイクにドミナントを香らせてサビ入った瞬間にトニックになって何もかもがグルンと展開するって風に捉えたくなるのかもしんないけど、もしかしたらダイナミズムの方法論は悪く言えば形骸化していて「この型(サビの手前でブレイクして転調する)に収めれば音楽然とする」って認識が思いのほか浸透していて、そもそものダイナミズムとしての機能は喪失している可能性があるなと思いました。
なにせ、何も鳴っていない箇所なので、そこをどう捉えるかってのはどうしようもないくらいわかんないのだけど。

名機はいつしか名機でなくなるのか問題

トラディショナルな名機ってのが幾つもあって、それをどう自分の中で認定すべきか少し迷っています。曲がり角というか。
名機である事実は過去現在未来において変わらないと思うし、仮に変態的な扱いをしたときの挙動でさえも熟知した名人が使うてこそ真価発揮とも思うのだけど、たとえばレコードがどんなにCDより音が良いと言われてもシェアが落ちて以降CDの音質が基準になっていったように、TR909がいつしかレトロを表現する道具になっていったように、名機は将来もそれを最高不到の音質と考えてよいのだろうかという素朴な疑問があります。
いや、しつこいけど名機は厳然として名機。好き嫌いが分かれようと、博物館に置かれようと片田舎の質屋に置かれようと名機は名機。
名機の出音を良しとする判断が数年先に「古く」ならないほど普遍的といえる自信がない。そういうことを言いたかった。

Spitfire “Albion One”

いつかレビュー書かねばと思ってるうちに1年(以上?)経ってました。
下書きのままなのも公約違反なので、ザクッとだけ。

Spitfire Audio — The Albion Range
Spitfire Audio — The Albion Range

クオリティは高く少し値が張るので真価は如何にと思って導入したのですが、これが当時トータル40GBのライブラリーをDLするのに4日かかって、使おうと思ってた案件の締切を過ぎてしまったこともあり、使わずじまいに終わったのでした。
DL用のマネージャーソフトも不安定で4日の間に30回以上強制終了し、DLを完了させるのは半ば意地でしかなかった。

出音に関して、ブリリアントなサウンドを好む人にはあまり向かなそう。
特殊奏法のカバー率は高いけど、Albion One規模だとこれはこれで物足りないかもしれない。
なので導入を検討しているならば、中途半端なこれではなく1つのライブラリー決め打ちで買ったほうが満足感は大きいんじゃないかなと思います。
ロード時間は、Albion Oneに限った話ではないけれど、以前記した「再保存」で少し改善しました。