【週末雑記】150613

Apple Music

静観中。ユーザーとして恩恵に授かれる部分はあまりなさそうだと思ってますが、Indie Musiciansへの言及が幾つか見て取れるように、ユーザーとしてでなくできることは何かありそう。

最小限で表すために

感動させてやろう、おごそかにしてやろうって感じで、モノローグに堅苦しいセンテンスとか説明口調とか、突然文語体みたいな言い回しが挿入される作品が小説とかコミックでもある。
個人的には、そのタイプの表現があまり好きじゃなくて、淡白に同じスピードで綴られていくほうが好き。

物語中の大事な局面だろうと、いきなり正装を求められることなくふだん着のまま突き抜けてくれたほうが風雲を感じられるみたいな。
作品世界からいったん距離を取られると僕は萎えちゃう。

つまりそれを良しとするクラスタと良しとしないクラスタとの違いは何につけ’ある’のであって、自分がどちら派かでしかない。
もとよりどちらが正しいかでもない。

で。
自分の音楽においてはどうかねと。
説明くさいのあかんと言っておきながら、振り返って見れば結構説明くさいのをたくさん作ってきてるなあ。
伏線を張ったり回収したりするのが好きだし、丁寧に作りたい気持ちもあるし、必要と思うものや面白いと思うものはためらわず盛り込もうって気持ちもあって、それは同時に作品として興醒めをもたらしているかもしれない。
“飽きさせないこと”とのバランスを取るのは難しいものだ。

“削る”のは難度の高い表現技法とよく聞く。ごもっとも。
とはいえ、削りゃいいってわけでもない。
文脈上のその表現が本当に要るかどうかをそのつど判断してるか、作ってる最中に判断できないなら仕上げた後にチェックしてるか、ってことも指してるんだろうと思う。
音色とか間、鈍さ、鋭さまでもっと吟味した上で仕上げること考えたいなあ…。