ペンタとメリスマ

いつかもうちょっと考えまとまるまで寝かせておこうと思っていたこと。あくまで我流の圏内の話なので与太話程度にでも。
R&Bやソウルで主にボーカルが取るメリスマ(こぶしみたいなもん)のとある定番ラインに関して。念のため、僕自身が歌モノに手を出し始めたのが比較的近年であるということだけ先に書き添えておきます。

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ペンタトニック 譜例01
ペンタトニック 譜例01

楽器でもアドリブが苦手ですって人に「ペンタトニック(以下‘ペンタ’)を覚えよう」っていうのは鉄板。右の譜例ではメジャーとマイナーの2種類のペンタでどちらもFを主音として示してます。マイナーの時にはブルーノートを交えるといいよなんて話も聞きますね。
ペンタが通用しない場合も無論あって、僕はそういう曲のほうがわりと好き。実は僕の曲に限らず、コードが切り替わるたびにクロマチックにそのまま弾けばフレーズとして成立するものも往々にしてあるんで(その中で部分的にペンタのフレーズを使うのはオイシイのですが)、そういう場合はペンタに固執せずスケールを割り出して弾いちゃったほうが労力も少ない。

"引っ掛ける"パターン
“引っ掛ける”パターン

さて、件の定番ラインの話。
この間採譜したDirty Loops、その歌のラインにもペンタのメリスマがあってアホみたいにカッチョよかったですね。
元がメジャーであってもマイナーであってもマイナーのペンタを使ってフレージングするってのは、R&Bなんかでよく見かけられるもの。メジャーとマイナーは交換可能と断言はできませんが、やって面白いもの生まれるんならいいんじゃない的な気がします。
で、譜例上段のフレーズ一辺倒で歌う人が多いなという印象で、これを定番ラインと僕はとらえています。このフレーズってのは、ざっくりとこういうもの。

  • 譜例通りFメジャーだとすると、IV(下属音)きっかけに、いったん半音ないし全音上を引っ掛けてマイナーのIII(iii)を経てI(主音)に着地する
  • 平行調のDマイナーだと、IIきっかけにiiiないしIIIを引っ掛けてIを経由してVIに着地。あるいは、Iに辿り着いた時点で終えて着地。

これさえやれば歌が上手く(カッコよく)聞こえる=見せ場ってのは間違いではないんですが、このライン、洋楽でも80年代半ばくらいには飽きられちゃって、90年代には譜例下2段のような兄弟分が活用されてる印象がありましてですね。正直なとこ、個人的な感想で恐縮なんですが、これ見よがしに歌われれば歌われるほど恥ずかしいというか。
洋楽ロックでも90年代以降こういう節回しがスパイスとして用いられ始めてますが、たぶん味が濃すぎるんでしょうね、譜例下2段の音程のラインで使われているのは聞いた記憶がありません。J-ロックでも定番ラインでの用例はかなり近年に2度ほど耳にしたことがあります(もともと僕のリスニング量がさほど多くないんで目安にならない上に、メモも取ってないんでどうしようもなく根拠が薄い話ですが)。
最下段の真ん中が、イチ押しというと妙ですが、歌の見せ場に使うには比較的ハードル低いもの。R&B曲を作る必要があったときにあえて定番ラインを避けてこちらを使用したことが何度かあります。木村留花さんのアルバムに曲を提供したときに、基本のメロディを僕が作って、当人による歌い崩しOKとして委ねていたわけですけども、もともと音楽をきっちり勉強していたわけでない彼女がこのラインで歌い崩したのを聞いて「この子、怖ぇ」と思いました。
それはそれとしてですね、このラインはあくまで局所的に抜き出したものなんですが、下2段の例は前後のメロディラインに多少工夫しないと辿り着けません。それは同時に、定番ラインがどんだけ前後も含めてワンパターン化しやすいかということも示しています。ワンパターンが良いか悪いかはもちろん別な話。

あと余談と補足。
●ボーカロイドとかオートチューンでこの節回しを捏造するとき、クオーターくらい音程を外したほうが気持ちよく聞こえます。不思議なもんで。とはいえ、時が経てばジャストのピッチにも自然さを感じてくるかもしれません。
●ハモりを加える場合に、譜例でいう”アウト”の音程にどうハモらせるかは腕の見せどころ。
●メインメロで定番ラインを取っちゃったあとに、フェイクでまた同じラインを取っちゃうとあららららという感じ。「フェイクではメインメロと違うラインを取ろう!」と歌い手が思ったときにその引き出しがないのは、第三者的に見てももったいないと思う。
●BPMの速めなノリのいい曲の場合(もちろん一概には言えない)、下2段のラインを取るよりも定番ラインでゴリ押ししたほうが好ましそう。これは記事中でいう洋楽ロックでも定番ラインまでのフィーチャー止まりである理由と同じかもしれない。この辺りは音楽的なというよりも心理的な理由になりそう。
●メリスマとペンタを併記したのは、メリスマ時はペンタのラインに依存する傾向が強そうだから(あくまでR&B、ソウル系の曲に関して)。その上でなお同じフレーズばっかりの人が目についてそのたびにもったいないと思う、というのがこの記事の主旨。ペンタのマイナーとメジャーはその時々で入れ替えちゃっても、フレーズの最中に別ペンタの音程をねじ込んでも、場合によっちゃギリギリアウトしちゃうのもアリだよね、と。しかし、それ以前に同じフレーズばっかりなのが悪いことかというとそうでもないんですよね。そうした面も踏まえて、歌唱力以外に、定番ライン以外を選ぶ能力も指標として評価されていいんではないかと思います(それを評価できる人がどのくらいいるかってのも大事なとこだし、ついでに言えば、当事者がアマであっても自身の判断を述べ、評価者がそれを聞いて評価する機会は既成以外の評価基準を開拓するのに無用だと思わないし、そういう局面に来てると思うし;今どきは評価者自身もその評価っぷりを市民にふつうに査定されてると考えていいよねというのは前に書いた)。メタに次ぐメタな話でややこしくなりました。サーセン。