【概訳】純正プラグインのみのミックスで得られる効果

Recording Revolutionに「純正プラグインのみでミックスすることで得られる効果」なる記事が。
要するに、サードパーティ製の便利な/都合のよいプラグインを常態的に使用しているとミックス勘が鈍化しやすいので、時たま純正プラグイン縛りでミックスを行ない新鮮な感覚を保つようにしている、という内容。

Without the lure of reaching for another plugin to “fix” your subpar mix, you’d be forced to really focus on what the real issues are with the tracks in front of you and identify what is needed to take them to the next level.

Since 80% or more of your mix comes from your EQ and compression decisions, you’d be forced to simply grab your available stock EQ and stock compressor (or channel strip) and get to work.

意訳:未熟な作品をまともに見せるための便利ツールに依存しないことで、問題の核心に目が向き、作品の向上に何が必要かを見定めざるを得なくなる。EQやコンプの御し方でミックスの粗方が決まる以上、手持ちのEQやコンプ(orチャンネルストリップ)の選び方、使い方だけ気にしときゃいい。

作業工程のどこからをミックスと捉えるかって論点もありますが、もともと一般論としての話なのでギミック(逆再生、ラジオボイス、グリッチ、3次元定位、etc.)的な装飾作業を除いた工程を指すと考えてよいかと思います。
多くのエンジニアが異口同音に唱える「EQとコンプで粗方決まる」ってのも然りと。

たとえばマスタートラックにマスターエフェクトを挿しながら制作するのは実際仕上がりのイメージもしやすいし制作モチベーションも保てて好都合なのですが、マスターエフェクトをバイパスすると凄まじく歪んでいたり、いわゆるmuddyであったり、溺死するかと思うようなリバーブのかかり具合であることはよくあります。
果たしてそれを許すかどうかって点でいえば、結局マスタリング依頼されたときに困るのが事実であり全てであり、だけど今は多くの方がそこそこヘッドルームを保った2ミックスと仮マスタリングのファイルとの複数を送ってくれることもあって、よほどじゃなければどうにかできる以上、許せます。
問題はよほどのケース。
元記事筆者が「(自身のブログで)単にこのツールが便利だぜと説くのでなく、基礎部分を教える理由(That’s why I spend so much time teaching and training people to improve themselves and work on their craft, rather than simply buy more stuff.)」と仰っているのがそこ、つまりよほどにならぬよう、ツールに依存しきっていないか自問しましょう、僕はそういう話として元記事を読みました。

無茶しないと新しい表現が生まれにくい(ディストーション自体、当初は野蛮視されてたわけだし)のも事実で、なおかつ今どきは1曲ナイスなのを作れさえすれば別に専業音楽家でなくてもいい、つまり替えが幾らでもある時代なわけで、ならば多少ヘンチクリンなことしたからと拙速に否定する必要もないだろうと思っています。

それから少々レトリックな話になっちゃいますが、もう一周外側からの視点、たとえば便利ツールに依存した際に作品に滲むであろうヤッツケ感それ自体を演出として利用するみたいなことを考えるのも可能なので、個人的には、あまり早い段階で便利ツールの魅力の良し悪しを裁定しちゃわないほうがいいだろうと思います。

ルーチンやテンプレートなんてのもこの部類の話に入ると思うのですが、そうしたものが自分の中にできるのは便利な一方、固定観念化もしやすいですね。
多くの場合、いちど出来てしまった固定観念から脱却するほうがしんどいので、ならばルーチンやテンプレートを過信しない姿勢でいるほうが精神的負担も少ない。
あっさり自分のやり方を覆せる人は、(姿勢と評価は無関係として)その意味で創作の面で10歩も20歩も先を歩いてるよなあと思わされます。