Wired7月で語られた音楽の未来像

Wired.jpに立て続けに面白い記事が載っていましたね。

お客さんはいま、もっと深いところに響くようなものを求めてるんだと思う。ストーリーがあって、音楽自体がメッセージになっているような、そういう音楽をね。そうしたリスナーの感性の変化にレコード会社も気づき始めているような気がする。誰も悪い音楽を聴きたいなんて思ってないんだよ。

全体的に性善説っぽいというか純朴なスタンスに、甘いんじゃないの?って気もしないではないんですが、本懐としては真っ当かと。
前に書いたかもですが、タイトルままの「悪い音楽を聴きたいなんて思ってない」って一文、僕は自身の思い上がりに気付かされるべき大事なセンテンスだと考えています。聴く/作るの違いは置いといて、音楽を作ってる人がおそらく大概の場合いい音楽を作ろうとしてるだろう中、’いい音楽を作ってればいずれ認められる’って言い回しは他力本願であることの吐露以外の何物でもないという印象を持っています。

アーティストは言うなれば雷に打たれるのを待っている凧で、ぼくら裏方はそれがあらぬ方向に飛んでいってしまわないよう地面で糸を持っている人。

ここでの雷ってひらめきってやつですね。シャーマニズムというか、スピリチュアリズムと相性がよくて、それゆえに現実重視のビジネスとよく今までやってこられたよなあというのが正直な感想。政治と似たものを感じました。
先ほどの純朴なスタンスよりもリアリティあるなあと思ったのは具体例が多いせいもありそうですが、健全さの指摘については共感を喚びやすそう。

いまのぼくらは、音楽の海のほんの浅瀬でちゃぷちゃぷ遊んでいるにすぎない。いまぼくが興味をもっているのは音楽の海のもっと深い部分だ。最新の科学とテクノロジーは20世紀にあったあらゆるものをいま根底から覆していっている。

否定的な言い回しが多いのが個人的には残念ですが、この一文に関しては全面同意。
グラフィックアートとの共存を目指してます、1個1個の音程に人格を与えていきライフゲームが如き永久的な自動演奏を実現させます、周期的な爆音によって聴衆をコントロールします、オーソドックスな音楽のオーソドックスさを徹底的に詰めていきます、世界中の景色を周波数に置き換えて音で記録していきます、みたいな様々なやり方は非排外的に共存可能。良くも悪くも古き伝統を継いでいくって選択肢だってその中にあっていいと僕は思っています。なので従来のものを否定する必要を僕は感じません。