消えゆくCD 2011

160106 記事統合

音楽やその著作権、流通のあり方などに関する議論 (@kentarotakahash @tavito_net @keiichisokabe @matsukiayumu を中心に) – Togetterまとめ

続・音楽やその著作権、流通のあり方などに関する議論 – Togetterまとめ

音楽やその著作権、流通のあり方などに関する議論 (@kentarotakahash @tavito_net @keiichisokabe @matsukiayumu を中心に) - Togetter
音楽やその著作権、流通のあり方などに関する議論 (@kentarotakahash @tavito_net @keiichisokabe @matsukiayumu を中心に) - Togetter 音楽やその著作権、流通のあり方などに関する議論 (@kentarotakahash @tavito_net @keiichisokabe @matsukiayumu を中心に) – Togetter

初心に帰らされる部分もあり、そしてもしかしたら同じようにコレを見た人が自分のこれからに対して歩みの方向を再確認したかもしれない。悩みも吹っ切れたかもしれない。

今までで最もTwitterの真価を強く肌に感じたかもしれません。内容に大きく心を衝き動かされました。


Mac版App Store、明朝オープン〔日本時間午前2時〕―CD時代遅れ化作戦は第三段階へ | TechCrunch Japan

そういえば、僕みたいな職業の営業ツールとしてのデモCDとか、あとコンシューマーゲーム機向けのDVD-ROMとか、もうそのくらいでしか盤のメディアが必要とならなくなってしまったなあと、この間思っていたんですよ。現に、事務所に置いてあるCD-Rも自宅のCD-Rも消費されることなく溜め置かれてる有様で。

ゲーム機向けのROMは遅かれ早かれ駆逐されていくんだろうと感じるし(オンラインゲームがどうこうって論点とは別で)、音楽CDにおいても「有形のものとして残しておきたい」なんて思いはもはや僕の中でも確実に薄れてきています。

だけどデモCDなあ。これ、今後どうなっていくんでしょうねえ。
今日明日で状況が変わりはしないけれども、デモCD渡したら「いやあ、うちCD再生できる環境がないんですよ」という、カセットデッキやMDでブツを受け取ったときにかつて(今も稀に)よく聞かれたセリフがまた聞かれるようになるんですね。→稀であってもたまにそういうことがあるから、なかなかカセットデッキもMDも捨てられないというのがあったり。

「弊社のWebサイトにデモを置いてありますので御笑覧ください」というようなことを言ったところで、その場で聞くにも後で聞くにもやっぱり少々面倒くせえよなあ、と。社内でのWeb閲覧のフィルタ設定にかかっちゃったりとか、音声ファイルの再生がさ。
いっそ個人も含めた色んな人のデモをまとめちゃった博覧会場っぽいサービスを作っちゃおう…って気にも別にならず(大量のデモからお望みのものを選り抜く時間をユーザーさんに強いるわけにも…みたいな話をC社にいた時に話したことがあったな、というのもふと思い出しました)。
USBメモリで渡すとかいうのも微妙に危険臭があるしなあ。


2010年のCD売り上げランキングに嵐とAKB48しかいないことの意味 – FutureInsight.info

ファンや事務所がレコ屋でCDをウン百枚買い集めてオリコン順位を上げている的な話を見かけることもあるんですが真実は知りません(一応これにもリンク張っておきます:オリコン・烏賀陽裁判 – Wikipedia)。

時代は変わったとか今さら僕ごときが言うほどのことでもないけど、旧来の売り方じゃ売れないことはもうほぼ自明で。じゃ、旧来とは何だったのか、それを上手く分析・解釈しないと新たな切り口も作れないすよねー。
感じたのは、CDありきじゃなくてファンとのコミュニケーションありきで活動して、CDなり音楽配信なりの販売購入はアーティストとファンとの交流の1つとして位置づけられているのかもなってこと。真っ当。
近年、とりあえずCD出してそれを通じてファン獲得みたいな流れ、というかそれが疑念もなく事務的に行なわれている感がなくもなかったですね。
嵐とAKBのは斬新な方法じゃない気もするけど、じゃあなんで今さら効果的なのか。先見の明だったのか棚ぼたなのかはわかりません。ただ、「売る売る」先行のやり方で買ってくれる人は今や奇特な感じなので、むべなるかな。

音楽を愛する全ての方へ。オープンド・アーティスト・システム(OAS)(アーカイブ)
実直さを感じたと同時に、少しずつ囲っていくのも決して悪い話じゃないか。
ハッキリ把握できてないけど、どことなく斜め上な感じがするのと、長期的に聞き手にとって嬉しいシステムだろうかね…と思って、ちょっと躊躇しちゃいます。

それはさておき、今コミュニケーションっていうとツイッターを始めオンラインで多様なツールがあるわけですけど、嵐もAKBもツイッター活用してるかといったらそうでもない感じ。
だとすると、身近にいつでも交流できる相手として振る舞うよか、昔みたいにそうそう近づけない存在として在ったほうが今の時代にはかえって適切なのかもしれないなと思いました。