岐路の中で博打的な継承をしたくはないものの

PR記事でしたが思うところ多かった。

何をしてあげられるのかと考え始めると、それは上から目線ではとか自分は何様なのかとか自問させられるし、ならばと息巻いて自身の経験を伝えようとすれば、時として時代に適合しない感性や倫理つまるところ価値観を押し付けかねない。
やたらに崇高な目的意識を持たず、友達とまでは言わないまでも同じ時間に在りながら少し位相のずれた、言いたいことを言える/言ってもらえる間柄になるのが最もナチュラルかもしれない。
一方で、目的なしに指導を考えるのは無責任というのも一理あります。
近々正式に指導を行う立場になるせいもあって少しナーバスな昨今です。
そんな現段階では、一辺倒に主義立ててやるよりその時々で最善手を選ぶのがいいのだろうなと思っているところ。

色んなものを見せること

「Photoshopだったらこういう使い方があるよ」とか、「『ZBrush』みたいなスカルプティングツールがあって、それを使えばこういうことができるよ」といった実例をできるだけ体験してもらうことで、いろいろなものに興味をもち、いろいろなものに抵抗をもたない、順応性の高いクリエイターを育てていきたいと思っています。

どういうシチュエーションでどういう人を相手にするかにもよりますが、おそらく闇雲に「扉を開け」ても混乱させてしまうので、体系的に見せていく配慮は必要そうですね。
僕が自分に対していちばん心配しているのがそこ。知識や経験は量でなく枠組みや手順として理解されないと根付きにくいし、教わる側は半ば本能的にそこをわかってると思うので、行き当たりばったりで教えられたら途方に暮れることになるでしょう。
志高くハートが強いヒーロー気質の人もいれば、右も左もわからず縋る思いでやってくる人もいます。後者の人に良かれと’あらゆるもの’を見せても逆効果になり得るので、手取り足取りを厭わず行わなきゃならないシチュエーションもあるだろうなと。

プロのイラストレーターの年収は、100万円以下の割合が53パーセントなんです。もうひとつ、年齢でみると20〜30代が80パーセントを占めている。つまり、どう考えてもイラストレーターというのは若いうちの商売で、かつ食っていくのが非常に難しい世界なんです。こういう現実を教えてあげることも、非常に大切なことだと思っています。

ユースカルチャーであることや若い時期が大変であることはこの先も揺るがないだろうけれど、人口比率や消費の在り方の変化も考慮すると、十中八九カオスに突入する気がしています。一辺倒な戦法は成立しにくくなるのではないかと。
面白い文化がある程度浸透して、とりわけ能力の高い人間がその先導にあったとき、財布の紐をつい緩ませてしまうのは幼い子を持った(ある程度収入のある)親だったりしますよね。将来子供にそれをさせようとします。昔からそうであったけれど、少々極端になってきてる体感があります(そこを金脈と見て食指を動かすかは人による)。

アクティブラーニング

そういった世界で勝ち上がっていくためには、大人の話を鵜呑みにするばかりではなく、やりたいことを自分なりの手法や話法で表現できる感性を育てることが大切だと思っています。

指導者が手放しでいるべきということではもちろんありませんが、あれもこれも教えて教えた通りにやってもらうことでももちろんない。さじ加減、難しい。
環境面でも、アレもコレもツールが揃っていればいいというものではないでしょうし、かといって「何もない中から作り出すことこそクリエイティブなのだ」と嘯く人もいるかしれませんが、それは価値観の押し付け。価値観を勧めることが悪いとは思わないけれども限度を弁える必要はありそう(それと主旨をすり替えるのもまずい)。

なので2016年からは、リズムゲームをつくる授業に変えようと思っているんです。それぞれキャラクターを考え、自分の好きなボカロPさんなりなんなりに楽曲使用許諾を取って…。そういうやりとり自体も勉強になりますからね。

一足飛びに話が飛んだ感ありますが、一人何役もできる多才な創造家は稀で、多くの人はマルチ展開にあたって協業が必至、折衝が必須、だから従来通り一定の社会人的コミュニケーション能力を育む必要はたしかにありそうです。
まだ存在しない革新的なものを生むかもしれない金の卵たちに何を授けることができるかっていうのは、(悪く言えば)ギャンブルにならざるを得ないのかもしれないと思いました。