Jojo Mayer & Mark Guiliana

説明も要らなそうですが、スイス出身で幅広いジャンルに対応する Jojo Mayer と、柔軟で的確なプレイで信頼の厚い Mark Guililiana 。
2月に行われたGroundUpのMusic Festivalでの腕利きドラマーズのデュオ演奏動画がアップされてました。

観客によって撮影された動画のため、この角度からだとちょっとわかりにくいのですが、ライドシンバルを共有して点対称に座してデュオ演奏するという、Sabianのプロモ動画のシチュエーションを再現したものですね。

Sabianのプロモ動画ではさらにベース2人がバックを支えていて少し余裕ありげでしたが、GroundUp Music Festivalではサシでの対決。ビリビリと真剣さが伝わってきます。
対決というと勝敗を競ってるように聞こえちゃうか。「演武」とでもいうべき練度の高さがありますね。
コンビネーションを楽しんでもらおうという気持ちが伝わってきます。

いわゆるゴスペルチョップが浸透しすぎて食傷気味な最近、ああしたテクニックやネタでゴリ押しするのでなく、プレイヤー同士の駆け引きの在り方や、見ようによっちゃブレーキのかけ方に焦点が当たっているようにも見えます。アンチテーゼというやつですか。

もともとJojo Mayerについては上手い人だなあ以上の印象を持っていなかったんですが、Buddy Richトリビュートの演奏とインタビューでガラリと印象が変わりました。

テクニック的に上手い人は山ほどいるのだけど、演奏の中でコミュニケーションを重視するかどうかは芸人と演奏家の分かれ目。
芸人が独自性を追求しやすい一方で成長が孤独な戦いに依りがちなのと比べると、演奏家は月並みに見えがちである一方、共演経験次第で途端にレベルアップすることもあります。
どちらか一方でなくて両方こなせる人がいるのもまた事実。
仮に最終的に両方をこなせるようになるのを目指すとして、先にどちらに着手すべきか予め考えておけるといいですけどね。

Jojo Mayerの印象が変わったと上に書いたのは、(この動画だと演奏場面短いですが)彼のフレーズに”音楽としての面白さを成立させるためのフレーズを構築しよう”という、演奏家の気質を強く感じさせられたってこと。理性が滲んでるというか、深読みし過ぎかもしれないけどそんなとこ。

ちょっと話がそれるのだけど、この日記で何度か取り上げたフランス人の凄腕中堅ベーシストHardien Feraudが、去年の今ごろBass Lesson Melbourneのインタビューに答えていて、印象的なことを語っていました。
最初は眠そうだったHadrienが「どうやらこのインタビュアーは真剣に話を訊いてくれる人だ」と判断したのか次第にノリノリで話すようになり、考えを正確に伝えたいのに的確な英語が見つからないと言ってオタオタしたり…すごく人間臭い姿を見せてくれます。
「動画サイトのせいで速弾きやら何やらで自分は評価されるけど、他のミュージシャンと音楽を組み立てていくことに充実感を感じるので、リーダーバンドを持つとか、別にいいかなぁ…」と語るのが印象的でした。
認知バイアスか何かの影響で印象に残った可能性はありそうですが。

分け隔てなく見せられるようになったものを見た人たちに対しての責任の持ち方ってのは、悩ましいテーマになりそうです。見たやつが勝手に判断したとばかりも言ってられない(言っちゃいたいけど)。

テクニック先行のプレイヤーが注目を集めるのも、そうしたプレイヤーに憧れるのも悪いことじゃないのだけど、見る側はわりとすぐお腹いっぱいになっちゃうし、楽器のことわからない人には楽しめないってのありますね。飽きられるのも早かったりね。
パワーインフレってミームを連想してしまいます。

実際、これを続けていくことで作品本来の個性が潰れていき、「一体この作品はどんな漫画なのか」もよく分からなくなっていく原因にもなる

パワーインフレ (ぱわーいんふれ)とは【ピクシブ百科事典】

 

作曲家としての立場でいうと、それなりに時間を費やして考え抜いてその時点でのベストエフォートとして作品構築しているものなので、構造そっちのけで暴れた演奏されたらまいるなあというのが本音。
演奏家であってもらえると嬉しいのだけども。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA