「気づく瞳」「気づかない瞳」 – G.A.W.
脳科学(?)とあさごはん – とらねこ日誌
仕事が出来る人 or 出来ない人、勝ち組 or not は同列に語れないし理屈も筋も違うけど、なんとなく並べてみた。
気付く瞳があれば仕事が出来るようになるという理屈はニセ科学ではないけど、鵜呑みにする必要もわざわざ否定する必要もないかも(前に、ある年配の社員が退職したら若い社員じゃ隅々まで気が回らなくて社内の業務がうまく回らなくなったって記事があったけど、それを思い出した)。でも良記事。
それにつけても、朝食をとれば勝ち組になれるという理屈はすごい。統計やら学問やら研究やらがダシになっているというか、単に詭弁というか。メリットをそれっぽい形で提示されない限り取り組めないという層がきっとあるのかなと思う。彼らを焚き付けるというニーズに学者が引きずり込まれるのもなんだか災難な感じがするし、統計やら学問やら研究やらがその辺のニーズにもし引っ張られていくようになるとしたらさらに怖い。
みんながみんな高いリテラシーを持つのは難しいかもしれないし、もちろん自分に充分なそれが備わっているとも全く思わないけど、だからと言って怪しげな理屈を混ぜ込んで理解しやすくするのは好ましくなさそうだなと思った(ニーズがそこにあるという意味ではその界隈に仕事があるということでもあるな)。
情報の誤差、という言い方は相応しくないけど、後々にでもその誤差を補正して必ず正しく理解できる可能性がはたしてどのくらいあるんだか。
FPN-プロとして、ずっと自問自答をし続けるべき3つの質問
いつしか、FPNの記事は若干距離を置いて読み飛ばす姿勢になってしまっていましたが、気になるタイトルにつられて。
私が、仕事をするにあたって向きあうべき最も重要な3つの問いは
1)「何が目的か。何を実現しようとしているのか。なぜ、それを行うか。」
2)「それを全くやらなかったとして、何が起こるか」
3)「(自分の仕事は)何によって憶えられたいか」
である。
重複というより、ここでは自分の解釈を加えます。
- 「何が目的か。何を実現しようとしているのか。なぜ、それを行うか。」
自分が何を担っているのかを自覚すれば、自分に価値を与えやすくなるでしょう、きっと。
もっと価値を上げるには一つの能力を研鑽するもよし、他の可能性に手を広げるもよし(でもたぶん、そのどちらかってことにならない)と思いますが。
ちなみにこんな一言を以前つぶやいたことがありますけど(明確に何かを指しての発言ではありません)。
- 「それを全くやらなかったとして、何が起こるか」
もとの本を読んでいないので、必ずしもGTD関連ではないかもですが、やるべきこと、やったほうがよいこと、やらなくてよいこと、やってはいけないことの区別は必要でしょうね。
やる/やらないにしても、わかった上でやる/やらないの決断をするほうがたぶんいい。
余談ですが、的確な判断を物凄いスピードで下しているのを、‘後先考えずに行動する’ってとらえるのは危険です。
- 「(自分の仕事は)何によって憶えられたいか」
生きた証というか、何でもって人の記憶に残してもらうか、という。
ボク自身はかなり前からコレについては半ば強迫観念的に気にしていること。
結局、その、単なる労働力じゃなくて人材であるために、‘考えて行動する’ことが必要だと思うんですよね。
元記事での引用部分を孫引用しますけど、大事な一文。
50歳になっても答えられなければ、人生を無駄にしたことになる
ちょっと調べ物をしていて、去年の「悪魔の対話術 ~ビジネスで「したたか」に成功する~|ダイヤモンド・オンライン」という連載を遅ればせながら少し読んだんですが。
読んだのはとりあえずこの2つ。
いわゆるコミュニケーション術として、それぞれ一理あるかなあと感じつつも解せない面はあり。
以前どこかで、聞き上手だかインタビューの達人だかの話を読んだことがあって、いちいち人の話をまとめないとかいちいち先を促さないとか書いてありました。
インタビュアーが話したいことを話して、インタビュイーがなぜか聞き役に回ってしまうみたいなこともあります。
話の筋が変わっちゃったりすると、ほんとにその話し手が話したかった内容なんだろうかと訝しく思ってしまいます。読み手のリテラシーでどうにかなるもんでもなさそうというか。
読み手が知りたいのはインタビュアーの考え方じゃなくてインタビュイーの考え方なので、あまり出しゃばらないほうがよろしいのではないかと、その記事を読んで思った記憶があります。
話逸れましたが、笑顔に威厳を感じられないので対話中の笑顔は無くすっていう理屈。
理屈としてはちょい飛んでる感もありますけど、手段の一つとして持つことは否定される必要ないかなって気がします。
円滑に話を進めるために笑顔が役立つかというと必ずしもそうではなさそうですし、じゃあ笑顔が全く役に立たないっていうとそうでもなさそうですし、不必要な部分で慎んで必要な部分で活用するのが理想なんじゃないかなと、今のところボクはそういう考え方。
学生時代にニコニコしていた友達なのに社会に出てから特に独立してから笑顔見なくなったなーって感じたことは何度かあります。相変わらず笑顔の眩しい人も相変わらずのお調子者もたくさん見ますけどね。
で、確かに真剣な話をする場にあっては、比較的無表情の人のほうが逆に話しやすいって面はありそう。‘とっつきやすそう’と‘真剣な話ができそう’とでは違うのかもなって、今ちょっと思いました。
SEBECさんのブログでこの件を知ったんですが、最も信頼するお二人、ESTiさんとEBさんの名前が見えますね。知らないところで何かが起きていたようで。心配していたことが起きた、というと語弊はありますが。
大きな金の冠は、丁寧に扱わないとすぐに瑕(キズ)がつきますよ。
大事なことは、瑕がつきにくくすることだと思いますよ。
行き違いって必ず起きるんです。だから防ぐために何かをする必要もあると思うんです。
自分のために、また多くの応援してくださる方のために。
追記:
その、継続的なというか、成功したプロジェクトを引き継いで続けて成功に導くために必要なのはリーダーやスタッフの情熱とか財政とか時運だけではなく、上に記した「瑕がつきにくくすること」というのはもちろん臆することでもなく、大事に守ったり隠したりすることでもなく、ボクは質をより強固にするべきだと思うんですね。開発中に見つけた問題の解決策を練り出して盛り込んだり。
最近の新卒たちに言いたい事がある
自分の会社では高卒も大卒もいるんだが、大卒のくせに上下関係・年功序列というのを知らない奴がたまに入ってくる。
高卒で入社3年目(21歳)の俺と大卒の新卒(22歳)がいた場合、必然的に「高卒の俺>ゆとり大卒」って序列になるはずだが、ゆとり新卒は高卒の先輩である俺にタメ口使ってくる。
「○○君、おはよう」みたいに。
一回ぶちきれて説教したんだが「だって僕のほうが年齢も学歴も上だし、タメ口でいいっしょ。何硬い事言ってんの?」とかほざいたんで、フルボコッにしそうになった。
おまえらにも言っておく。
社会は勤続年数が全てだ。例え年が18だろうと81だろうと、入社が早いほうが偉い。
そして1日でも早く入社した人が先輩だから、敬語を使え、頭を下げろ、命令は絶対だ。
これを忘れんな。
うーん、どうなんだろうね。
色んな職場があると思うから「そうだ」と言えないんじゃないかなあ。
年下だろうが年上だろうが、職場でそうそうタメ口は使わないと思う。