変な記事タイトルでごめんなさい。
↓これ読むとわかるかも。
Togetter(トゥギャッター) – まとめ「音楽やその著作権、流通のあり方などに関する議論 (@kentarotakahash @tavito_net @keiichisokabe @matsukiayumu を中心に)」
Togetter(トゥギャッター) – まとめ「続・音楽やその著作権、流通のあり方などに関する議論」
この記事(このブログのこの記事ね)、サブタイトルで「音楽に生きるということ」とでも書いておけばよかったな…。
初心に帰らされる部分もあり、そしてもしかしたら同じようにコレを見た人が自分のこれからに対して歩みの方向を再確認したかもしれない。悩みも吹っ切れたかもしれない。
今までで最もTwitterの真価を強く肌に感じたかもしれない。
内容に大きく心を動かされた。
座右の銘よろしくうまいこと抜粋したいもんだけど、イイ方法が思いつかないのでtumblr.にでもpostしておくかな。
↑
privateでquote投稿しているので、読めないですよ、念のため。あー、ついでにfavっとけばよかった…。
Last.fm’s Playgroundから。


まさかの 3 Posts/Day (日をまたいでるケド)。
時代を超える曲が、最近生まれない理由。 : ひろゆき@オープンSNS
個人的に気になった曲や思い入れのある曲ってのは覚えてる。
けど、そうじゃないものは…っていう感じがするなあ。
個人や少数人数で味わうことが当たり前になってきているのかなって気もする。
昔は、曲作りの分業体制がきちんと出来ていたのに、
最近は、プロの共同作業としての曲作りをしていないので、
10年後でも覚えているような曲が少ないんじゃないかという仮説
このポイントから見るとしたら僕の印象はちょっとだけ違って、複数の人が関わっていると複数の人が納得できるものに(なんとか)仕上がりやすそうだなあって。
今も複数の人が関わっていることに変わりはなくて、だけど効率は格段に良くなっていると思う。その代わり、試行錯誤のヒマが無くなった感はある。色んな意味で、自己完結しやすくなっちゃったような。
あと記事中で触れられている「LOVEマシーン」「さよなら人類」「UFO」をもし典型的な「時代を超える曲」とするならば、3つとも身近なテーマでは全くなくて、ワケもわからず、ある種、語呂だけで口遊めるタイプの歌だよなあって思った。
あ、それと、去年暮れの紅白では新しい曲も古い曲もあったけど、中には演歌じゃないのにメロディそのままでバッキング変えたら演歌になりそうだと思ったJ-Popが2曲ほどありましたよ。
下駄記号 – Wikipedia
活版印刷が行われていたころは、文選から組版の工程において必ずしも必要な活字が存在するとは限らず、とりあえず余っている活字を逆さにして埋め込んで代用するが、その時に活字の背には溝があるので下駄に見える形が印刷されたためである
携帯宛てに送った文字なんかがゲタ記号(〓)になっているのは、その字が無いことを示す記号なワケですね。化けてそうなっているというよりも。
この数日、Share Music (No Video) – FriendFeedをちょこちょこ見ていて、メモるにもコピペできない文字が頻繁に出てくるのでちょっと困っていたり。
Erkan Oğur
Kim O Gözlerindeki Yabancı
Yağmur Kaçağı Sen Beyaz Bir Kadınsın
なんじゃ、この文字はと思って、JIS X 0213非漢字一覧 – Wikipediaを見ていました。ゲタ記号はここからのリンクでたまたま見かけたので、ついでのメモです。
どうも見ているとiの上に点が無いバージョンはキリル文字でない限りトルコ語くらいしかないらしく、さっき上げた3つの曲名なりアーティスト名もトルコ語なようなので納得。
Share Music (No Video) – FriendFeedを見ていくと、「05-–³‘è.mp3」というもはや記号としかいいようのない、そしていよいよ何語だかわからないものがありますけど、これは日本のバンドsgt.のアルバム「perception of causality」の5曲目「………」のようです。
昔は寒いくらいよく書いていたのに、いつからか馬鹿らしくなって書かなくなったコードの話。
ここんとこ自分でもネタ切れかってくらい頻繁に使っていたコード進行があって、それはIV#m-7からIVなりIVm(6)なり、もしくは順当にVII7へ展開するもの。IVを使いたいんだけどもったいぶってみようって感覚なんだろうなって思います。
個人的にはあまり好きじゃないVm7-I7挟んでからのIVも、「こういうのが聞きたいんでしょ」って感じで使っていて、意地悪いなあと我ながら思います。コードに依存してどうにかするのって、自分の中でも逃げの一手だったりするんで、よくない傾向だなとしみじみ。
そう、この辺を強く感じ始めた辺りから馬鹿らしくなったんですよね。もう少し正確に言うと、もっと優先すべきものがあるよね、キミ、っていう自戒。その頃あたりから日記が始まった記憶です。
余談ですけど、メロディがC-D-E-F-G-A-B-Cで順繰り上がるのに対して、メロディの1音ずつに対応する形でルートが半音ずつ下がっていくとしたら、どんなコード進行作れるかみたいなことを、訓練がてらやったことがあって、
C-G/B-Bb7(+11)-F/A-AbM7-F/G-F#m9(11,-5)-F
って、なりました。昔もそうでしたが、今だに同じ感じになるんで手癖ってのは抜けないもんですね。もう少し発想力つけたい。
ちなみに続きをメロディがC-B-A…が下降する形で、ルートはEからさらに下降する形でやっていったらどうなるのかなと。
C/E-B/D#-Dm-A/C#-Dm/C-Bm7(11、-5)-E7(+11)/Bb-Am
随所にムリがあって、これだけ聞くと薄気味悪いです(オブリがあってやっと美しくなる可能性がある)。特にE7(+11)/Bb辺りは聞き馴染みのない人にとっては変態としかいいようのない響きだと思われます。機能的にも問題が。
にしても、やはり発想力が欠如しているんでこんなものしか思いつかないのかもしれません。
追記・ふと思いつき
E7(+11)/Bb-Am
これなんですけど、ボク個人のクセからするとたぶんAmじゃなくきっとFM7/Aにすると思われます。そんで、半音進行から解放された、音程飛びの激しい次の展開につなげるでしょ、きっと(ボクの作ったメロディが歌い手に難しいと言われる所以はこの辺りにあるんだろうなあ)。