avatar
Today is 月曜日
2010年9月6日

検索結果 タグ: Life

2010年1月16日

CHALLENGED

by makou — Categories: Diary — タグ: , コメントはまだありません


意訳

ぼくは学校が好きだった。

自分じゃ知り得ない考え方を教わるのが好きだった。

自分を試すように仕組まれた状況に身を置くことは好きだった。

順位をつけるプロセスに放り込まれることだって嫌いじゃなかった。

でもぼくの、学校の日々は終わった。

`つとめ’は終わったんだ。

今、ぼくたちに学ばせようと無理強いする人は誰もいない。

常に何かしていないといけない`教育’という仕組みがなければ、
歩みを止めることも怠惰な日常に墜ちていくことも、なんともたやすい。

たいていそう。

大人になってしまうと従うべきカリキュラムなんてない。

自分で設けたゴールがない限りはね。

誰も自分を試してくれる人がいない。
だからぼくは自分で自分を試すことにしたんだ。

政府公報とかNIKEとかAddidasのCMみたいでもあるなぁ。印象だけど。

2009年8月25日

暇つぶしに何をするか

by makou — Categories: Diary — タグ: コメントは受け付けていません。

結局無茶苦茶な勢いで技術力や生産性が上がっていくという好循環を生みつつも、本人はそれが労働だとは思っていなくて、ただ自分の大好きな玩具をひたすらいじり続けている状態でしかない。
-暇つぶしに何をやっているかがその人の本性。 – マボロシプロダクト

興味深いですね。暇を‘ちょっとでも空いた時間’と考えるとますます。

興味や関心をちょっと我慢して何かに励んで、で、束縛からいったん解放されて興味や関心のあることに取り組み始めたとき、その興味や関心のあることも仕事に関連のあることだったりして、そういうタイプの人は強いって感じちゃうね、っていったん読んだんですけどちょっとズレてるっぽい。
「飽きて来る」ってとこからすると我慢とかそういう話じゃなくて、一事が万事楽なスタンスで成果を出せちゃうっていうのに近いのかもなあと感じました。
できない子目線、できる子目線ってんじゃないですが、それこそ好きこそものの上手なれで、よほど好きだから苦もなくあんなこともこんなことも手を出しちゃえる。周りからすると、暇つぶしの間もそんなことしているの?って見えちゃうかもしれません。
「飽きて来る」っていうのはその業務に飽きるんであって、職務に飽きているんじゃないんですよね、きっと。
だから暇つぶしの意味もきっと、苦からの解放じゃなくて、単に時間からの解放なんじゃないですかね。

時間ができたら絶対手を着けてやろうと思っていることとか絶対読んでやろうと思っている本とか、結局時間ができても手を着けなかったりするみたいな話をホントによく聞きますね。
あたかも自分だけが怠惰なのではない、人類あまねくその業を負うているのだとでも説かれるかのように、実にあちこちで耳にします。
でも時間ができたら本当に手を着ける人がいるんで。
そういう方々は義務感に駆られてやっているわけじゃなく、ましてや業から解き放たれているワケでもないんですよね(いや、そうでない人から見ればそう見えるかもしれない)。
「だって、やろうと思っていたし」ときわめて平然とのたまうわけです。
だからね、ホントに好きなんだと思うのですよ。

2009年7月9日

知ってしまったことをどうするか

by makou — Categories: Diary — タグ: コメントは受け付けていません。

理想的な対応とはどうあるべきか。考えさせられました。

背負ってしまうことになってもお互いのためになる選択をすること、大事ですよねえ。
どうも、とりあえず自分に火の粉が降りかからないような選択をしてしまいがち。
そこいくと、労を厭わずあるべきものを選択するってのは大人な選択、みたいな感じがします。
もっとも、選択をするためにはある程度経験なり何なりの蓄積が必要だと思いますが。だからこその大人な選択って思えたのかもしれません。
背負ってもらうのはスキ、背負うのはキライっていうのは、そう言ってしまえば子供っぽいスタンスに見えて/聞こえてしまいます。

2009年7月5日

経験のシェア

by makou — Categories: Diary — タグ: , コメントは受け付けていません。

FireFox3.5にして、ふだん使っていたアドオンが4つ~5つくらい使えなくなりました。
効率を上げる目的のものしか使っていないので、仕事場のPCでコレだとキツそう。家のPCで試しておいてよかったです(旧バージョンのFireFoxに戻す手もあるんですが、自宅で使う限り、さほどストレスもなさそう。旧バージョンは、スラドによると、ちょい探しにくいところにあるみたいですね)。

話変わって、世界の「猥褻規制と強姦件数」に関するグラフ:アルファルファモザイクの記事が注目されていたんで見てみたんですが、「ん?」と。
グラフになっているけど数字がどこから拾われたものかとか、各国によって性犯罪の括りも違うだろうし時代によっても(法改正とかで)違うだろうし、あと元スレを確認したいのにリンクが見つからない(あるのかも)とか、ハッキリしない情報を見せて無暗に煽っちゃってるのかなあとか思ったわけですけども。

それはそれとして、同サイト内の記事で以前読んだ、「これはイイ!」と思った躾方・諭し方:アルファルファモザイクが再び視野に入ったのでたまたま読み返しました。
「~したらいけない」ではなく「~しよう」ってしつけ方のほうがよさげ、という指摘があり、それがどうもできないって反応があって、それを見つつ、ボクもそういうしつけ方が苦手な気がするなと感じました。
で、なんで苦手なのかなと考えたんですが、「~しよう」だと相手の行為を自分が指定するけれども「~したらいけない」だと行為の選択を相手に委ねることができて、それによって自分の責任が薄まると感じているのかもしれないなあと。あ、責任感ねえな、自分、とそのように思いました。

よく見ている言戯3だと、管理人のトシさんの子育てぶりがほのぼのと描かれているんで、自分にも子どもができたらあんな風になんて思ってしまうんですが、当然トシさん自身も無責任に育てているわけはなくてきっと悪戦苦闘の日々だろうと。
責任というと言葉が重過ぎですかね。
子どもは実験台じゃないんで、「子育てに失敗した」って言葉を聞くと、ボクにはその人の重大なミスに感じられます。アンドゥ利きませんから。
といったわけで、自分の親や妻の人のご両親の育児体験はもちろん、育児書だとか上のサイトに書かれたことなど参考にしながら、教育していくようにしようと。
あ、子どもができたらの話。

それと、どうすれば良かったんだろうって記事。これは死にゆく夫に振り回された女性の独白のような記事ですけども、示唆的に感じました。アンドゥ利かないって意味だとこれも似た系統の話である気がします。
「取り返し利かないんだから恥じ入れ!」とか全く思わないし、もともとそういう記事でもないんですが、その代わり、そうした彼ら/彼女らの経験談を自分の糧にしようと思った次第。

2009年4月28日

近況とついで

by makou — Categories: Diary — タグ: コメントは受け付けていません。

うわぁ、書くことないですねえ。
ちょいご無沙汰してるというのに。
ニュースも一応目を通していますが、目を通す程度でしかないので、コメント以上の特に何も書くことなしという感じ。

せめて、興味深かったものだけでも改めてリストアップしておきますかね。

草彅さんの件もろもろ。
前に日記でちょっと触れて、あと、メディアでその後どう報道が続いていてそれに対してどういう反応が起きているのかちょいちょい見ているんですが、「誰だって酔っ払ってハメを外すことがあるのに騒ぎ過ぎ」ってのが目に留まったので、ちょっとそれについてだけ。
騒ぎ過ぎと指摘するんであれば、「誰だって」も言い過ぎだと思うのですよ。
量や比率的な部分をサバ読んで自分の意見をセンセーショナルに見せちゃマズいんじゃないかと思いますね。

辞めたくなる会社: mediologic.com/weblog
最初に入った会社なんて大体辞めることになるよ、なんてことを昔、中途採用の同僚に聞かされたことがあるんですが、期待値が高過ぎた結果の落胆が引き金になるって意味なんでしょうね、きっと。
だからと言って期待し過ぎはよくないってワケにもいかんのですがね。

無題のドキュメント うちの母ちゃん凄いぞ
4篇にわたる長い話と思わずに読み始めてしまったので、期せず時間を消耗してしまったんですが、人生訓の面で収穫が結構あると思いますよ。
ん、あ、いや、どうですかね。この世知辛い世の中、自己犠牲とか無償の愛とかその辺りの美徳に付け込む人はいるんで、ちょっとだけ距離を置いてとらえたほうがいいかもしれませんね。

© 2010 Spherical Music All rights reserved - Wallow theme by TwoBeers Crew - Powered by WordPress - Have fun!