Archive for 1月 2010

仕事ができる人になるには的な。

「気づく瞳」「気づかない瞳」 – G.A.W.
脳科学(?)とあさごはん – とらねこ日誌

仕事が出来る人 or 出来ない人、勝ち組 or not は同列に語れないし理屈も筋も違うけど、なんとなく並べてみた。
気付く瞳があれば仕事が出来るようになるという理屈はニセ科学ではないけど、鵜呑みにする必要もわざわざ否定する必要もないかも(前に、ある年配の社員が退職したら若い社員じゃ隅々まで気が回らなくて社内の業務がうまく回らなくなったって記事があったけど、それを思い出した)。でも良記事。
それにつけても、朝食をとれば勝ち組になれるという理屈はすごい。統計やら学問やら研究やらがダシになっているというか、単に詭弁というか。メリットをそれっぽい形で提示されない限り取り組めないという層がきっとあるのかなと思う。彼らを焚き付けるというニーズに学者が引きずり込まれるのもなんだか災難な感じがするし、統計やら学問やら研究やらがその辺のニーズにもし引っ張られていくようになるとしたらさらに怖い。
みんながみんな高いリテラシーを持つのは難しいかもしれないし、もちろん自分に充分なそれが備わっているとも全く思わないけど、だからと言って怪しげな理屈を混ぜ込んで理解しやすくするのは好ましくなさそうだなと思った(ニーズがそこにあるという意味ではその界隈に仕事があるということでもあるな)。
情報の誤差、という言い方は相応しくないけど、後々にでもその誤差を補正して必ず正しく理解できる可能性がはたしてどのくらいあるんだか。

Finder


こんなことできたんですね。知らなかった。
ウィンドウのツールバー部分にショートカットを作れるっぽい。でも活用方法が思いつかない。

あと、別な話ですが、昨日Twitterでぶつくさ言っていたLogic9のメインウィンドウでのLibrary検索だけど、もしかするとSpotlight辺りがインデックス中で動作不良を起こしていたのかもしれません。確証無し。
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イイ曲を聞くこと

良くない曲を聞いて反面教師にする考え方って、これは自分、長々と大事に思ってきたんだけど、効率としてはさして良くないんだよね。買ってしまったものが自分の好みじゃなかったり、真っ当に聞いてどうも自分の糧にならなさそうだなと思ったときには、反面教師と考えることでそれなりの価値を持ちうるだろうけど、だったら最初から(色んな面で)イイものを聞いたほうが収穫はでかいと思う。当たり前だろうけど、なんだかわからなくなってた。
あ、これは、クリエイターである自分のふだんの聞き方に対しての省み。

Spherical Music » 宿題

この休みは量の消化じゃなくて、もう少し深く聞き込むことに主眼を置いています。
その為には、なるべく有益なものを選んで聞くべきですね。

と書いたはいいけど、成果なく(つまりコレは!というものに出会わなかった)休みを終えてしまった自分は、その間、最初に書いたようなことを思った。

今まで自分の作ったものって例外なく未完成だと思っていて、それでもいいやと思えるアマチュア感覚が都合良くてそう思っていたんだけど、そうも言ってられない年数or年齢になってきてもいるし、あと作っていて何かが足りないor何かが余計っていうのがいまだに判断し切れずにいる。いまだにっていう時点で成長してないんじゃないか、自分。そういうもんかもしれないけど、成長していないってことにしておく。
で、この判断できない状態って、闇雲に判断下しちゃうよりはマシな気もするけど、反面教師とすることが多かった聞き方に由来していやしないかとふと思ったの、ですよ。でも、そういうとちょっと違うかもな気もして、「これはイイ曲」ってのにあまり触れてこなかったのがNGだったかもなと。
なのでやっぱり、とにかくこれはイイっていうものをよく聞き込みたいと。

ちなみに、イイ曲っていっても人それぞれなんで、イイかそうでないかは結局もちろん自分の判断次第だと思う。他人からのオススメの場合は、どうイイのか補足情報があることが理想かも。

cf. この音楽を嫌いな人はこの音楽を聴いています、を実現する『TuneFad』 – 100SHIKI ~ 世界のアイデアを日替わりで

わりとみなぎっている

このペースの更新はたぶん1週間持たんでしょ。気まぐれ更新なのでご勘弁下さい。
あ、今年からこのブログ上での口調は取り繕わないことにしました。

ということで、年明け早々から人気の少ない事務所に通って結構集中してアレコレやってるけど、思いのほか充実してる。
休みのお蔭で人気が少ないせいかもしれないし、気持ちの中の何かが機能し始めているのかもしれないし、かといって失速の予感はないわけじゃないし、単に真夜中のラブレターに似た感覚なのかもしれないし。
去年はその真夜中のラブレター感覚すら無く一年を通してひたすら悶々としていたわけだから、実際今がどうであれ当時に比べたら精神衛生面では健康が保たれていると言えそう。
「悶々」というので思い出したけど、Spherical Music » 目指すのを一旦休止で書いたことの補足として、「悶々」を無くすってことに重点の一つを置いている。
基本、行き当たりばったりは自分の経験上ムダに時間を食うことが多かったので好きじゃないから、聞こえのいい「機が熟す」って言葉で誤魔化して、というか自己暗示にかかってしまっていたようなもんだろうけど、そのお蔭でやっていいことまで控えたり、控えたことに対して悶々としていた気がする。

ま、あんまりこの手の話を書くと、一年後の自分がその成果と照らし合わせて案外ガッカリしている可能性もあるんで、このくらいにしておこう。

RMSを稼ぐための音作りにちょい抵抗が

別にTwitterでつぶやいてもよいのだけど、なんとなくブログのほうに記しておく。

RMSってラウドネスの計測の目安になっていいのだけど、NC曲線を考えるとパーフェクトとは考え難そうだなという印象。なので目安として考えることにしてる。あくまでも目安なのでゴールとは考えてない。
それはそれとして、計測の目安になるのはいいんだけど、変な話、RMS値で数字を出しやすくするために音色を加工したり差し替えたりするのって、表現の範疇を超えているというか、数字のために表現的な犠牲を産んでやいないかという気がし始めている。
で、もちろんこれは今そう感じているというだけで、また変わる可能性がある。

目指すのを一旦休止

去年までは、イワユル素晴らしい音楽家になりたいと齷齪(あくせくってこんな字なのか)してた。`仮に聖人君子にはなれんでも、それを目指す過程で得られる収穫は価値がある。目指さずにのたりのたりと過ごすよりも…’と同様の理屈で考えてたんで、素晴らしい音楽家になることではなく、その過程に重きを置いていた。
だけど今年に入って、去年とどう自分を変えていこうかねって考えたら、まずその窮屈な考え方を止めないまでも小休止して、のたりとしようかなと思った。サボるってことじゃないよ。年末に自分に課した宿題の音色作りをしていた時ふと、あえて追い詰めて自分に発破をかけることで産まれる物が、現在の自分にとって本当に有用か(つまり自分に見返りをもたらすか)疑問に思えてきたわけだ。
曲を作る以外でアレやコレやと気忙しかった去年、その隙を縫って曲を作らなきゃと自分を追い立てて、だけど結局慌ててアリモノを寄せ集めてハリボテしか生まなかったんで、これじゃノルマに振り回される仕事とスタンスがたいして変わらんじゃんか、と思った。
誰に追い立てられるでもなく、ただ実際は宿題なので自分に追い立てられているんだけど、そんなんで音色作りをしている間、この作業って大変さと楽しさのバランスみたいのが仕事とは違う按配で自分に染み込んでくる気がした。有意義だった。んで、もちろんこの按配で仕事に臨めるのが理想かもなと思ったわけだけど、それよかまず心地の良いクリエイトがどんなもんかを実体験することが今自分にとって必要なんじゃないかなと思ったんで、ふだんの制作というのを明確に仕事と区別してしまって、その中で齷齪するのをやめようと思った。

今年もまとまらず。まとまらずだけど、自分の中には今年の指標みたいなものが出来た。

Wibiya設置してみた

ブログの下部に設置できるツールバーが作成できるサイト「Wibiya」*二十歳街道まっしぐら

これに倣って(とはいえ、上のリンク先には設置されてませんが)、サイト下部に設置してみました。

Wibiya Toolbar IDなんてどこにあるんだと思ったら、一通り登録終わった箇所に表示されてたのを完全に見逃してました。

あとね、翻訳、メチャメチャですけど、これは仕方ないかなと。

「時代を超える曲」所感

時代を超える曲が、最近生まれない理由。 : ひろゆき@オープンSNS

個人的に気になった曲や思い入れのある曲ってのは覚えてる。
けど、そうじゃないものは…っていう感じがするなあ。
個人や少数人数で味わうことが当たり前になってきているのかなって気もする。

昔は、曲作りの分業体制がきちんと出来ていたのに、
最近は、プロの共同作業としての曲作りをしていないので、
10年後でも覚えているような曲が少ないんじゃないかという仮説

このポイントから見るとしたら僕の印象はちょっとだけ違って、複数の人が関わっていると複数の人が納得できるものに(なんとか)仕上がりやすそうだなあって。
今も複数の人が関わっていることに変わりはなくて、だけど効率は格段に良くなっていると思う。その代わり、試行錯誤のヒマが無くなった感はある。色んな意味で、自己完結しやすくなっちゃったような。

あと記事中で触れられている「LOVEマシーン」「さよなら人類」「UFO」をもし典型的な「時代を超える曲」とするならば、3つとも身近なテーマでは全くなくて、ワケもわからず、ある種、語呂だけで口遊めるタイプの歌だよなあって思った。

あ、それと、去年暮れの紅白では新しい曲も古い曲もあったけど、中には演歌じゃないのにメロディそのままでバッキング変えたら演歌になりそうだと思ったJ-Popが2曲ほどありましたよ。

2010年あけおめ

色んな人のお世話や応援のお蔭で、
びっくりするくらい精神的な消耗の激しかった去年も、
なんとか生き延びることができました。

結局、仕事も個人の活動も年内に報告できるものはほとんどありませんでしたが、
今年の飛躍の準備だったと考えることにしましょう。

去年は気負い過ぎてかえってフットワークを重くしてしまっていた(ヤバい足枷に悩まされていたのもありますが)ので、
今年は気楽にひょいひょいと過ごせたらいいなと思います。
交流も広げられたらいいなあ。