わ、何。これ、本気で歌ってる?
posted at 01:25:07
音符の消え際が大事。これが雑な曲はやっぱりグッと来ない。
posted at 01:43:45
ジャンルにもよると思うけど。
posted at 01:47:18
音符の鳴り出しに対して音符の鳴り終わりは意識されづらい気がする。よほど鳴り終わりに特徴がない(もしくは設けない)限り。
posted at 01:50:37
一音一音丁寧っていうのは声の出し方、弦のはじき方、鍵盤の押し方や音の伸ばし方だけじゃなくて、音の切り方も含めて考えたい。
posted at 01:54:16
それが基本だって思っている人はいるかもだけど、考えたこともなかったって人もいるかもだ。
posted at 01:55:35
そういえば、こう歌ってほしい、こう演奏してほしいというディレクション面のボキャブラリーって大事だと思う。
posted at 01:59:16
どう指示していいか伝わらなくて困るくらいなら自分でボカロなり良質なプラグインで鳴らしちゃおう的な発想はすごくわかる。
posted at 02:03:30
社会人吹奏楽団の友人は「音の形」って言い方をしてた。アーティキュレーション込みのニュアンスで。
posted at 02:07:22
サビのVocal最後のロングトーンでリバーブをだんだん深くしていくベタなアレ。ああいう手法をボーカリスト自身がリクエストしてきた場合、加工ありきじゃないと歌えない人なんだってレッテルを貼ることにしよう。
posted at 02:15:07
弦楽器のほうが視覚的にわかりやすい、か。ちょっと新鮮な視点。
posted at 02:17:10
こんな時間か。寝よう。
posted at 02:21:07
加工技法の知識が必要ないとは全く思わないし詳しい人は尊敬するけど、とりわけ尊敬するのは加工の前準備を徹底的にできる人。偶然に頼らずにできる人。
posted at 14:20:05
とはいえ偶然に頼る必要がなくなるためには、偶然の産物の蓄積をとことん行う過程が必要かもしれない。
posted at 14:21:47
マイク選定とかスタジオ設計とか、個人的には‘よりよく’するためのものという認識。
posted at 14:32:55
‘ましに’するためではなくて。
posted at 14:33:15
(自分のことを棚に上げないと考えられないこともある)
posted at 14:34:27
昨日の深夜に歌番組を見ていて、ちょっとアレアレな歌を聴いてしまったきっかけで色んな思いが沸いてきました。
うちの会社のボスと日頃話していることや若いスタッフと話していること、あと出入りしている同業の制作会社の方たちとの話や、上の階で今もモクモクとピアノの練習を続けている某音極道の方との話や、うちの会社の制作をディレクションしている某社の方たちとの話など色々思い浮かべながら。そして当然自分個人のポリシーなんかも顧みながら。
端的には、ド素人よりは歌がマシというレベルの人にボーカリストとしてのギャラを支払うのが腑に落ちないなあってことですね。もちろん素材がないと補正すらできないわけですけど、流通に堪えうるレベルまでMelodyneなりなんなり使って補正するほうが手間も労力も多くないだろうかっていう。
補正が要らないレベルのボーカリストが身近にいたらいいなあ。いないなあ。一方で、補正が要らないレベルのボーカリストにはどう歌ってほしいかを完璧に伝えたほうがいいけど、そのためには完璧なイメージを初めに自分の中に持っておく必要があるし、的確に伝えるための語彙も必要だと思うし、この辺ああだこうだ考えてたらボカロのほうが試行錯誤にたえられるよな、ただし豊かな表現力っていうのを犠牲にすれば、ていうかこれによって完璧なイメージを思い浮かべる能力は育つかもしれないけど、それを的確に人に伝えるための能力は育ちようがないなあ…的なことを考えてました。
加えて、これは最後に但し書きで書いてあるとおり自分のこと棚に上げての話ですけど、音の鳴り出し、長さまでは気を回せても、音の終わりの部分がなあなあな曲ってちょっと萎えるなあと。「家に帰るまでが遠足です」じゃありませんが、こと演奏とか歌とかに底力を感じちゃう人って音の最後まで気を抜かない印象です。
折りよく、金曜日にボスの物理的な作業環境に大きな変化が起きて、要はデスクの向きとかスピーカーのポジションとか電源の取り方が変わって、その結果を実際に耳で確認できたんです(ボス自身念を押して言ってましたけど、高価なものが必要なのではなくて、その機材が機能するために不足な部分を補ったんですね;んで、この辺りは上でも書きましたけど、これが基本だと思っている人もいれば、そうでもないと思っている人もいるし、これが間違いだと思っている人もいる。どの道、自分が自分の思っていることを正解だと思っているに過ぎないんですよね。そういう意味では決め付けが大敵)。
丁寧に音が作り込まれたものはその丁寧さが聞き取れるようになり、雑なものは雑に聞こえるようになりました。これも雑にやろうとしてそうなっているわけではなくて、ひとえに気遣いが不充分だってことなんだろうと思いますが。充分に気を回すためにはやはりそれなりの環境(高価なものに限らず)が必要なんでしょうね。
例によって話が散り散りですが、元はギミックに手を出す前に充分な表現力を養いたいよねっていういつもどおりの話です。








