Archive for 11月 2008

改めて

わかる人に向けて。
たった今、Mixi経由で連絡を取りました。

要旨としては、当事者の許諾なしに作品の公開するのは道義上問題ではないか、そして私としてはそれに加担する気がないということ。
もうひとつは、個人的に仕事をお願いしていたにも関わらず一切の連絡手段を断たれ、当人から事情の説明が一切ないのは、社会の中でわざわざ自らの信用を失う行為であろうということ。

真っ当なことを伝えたつもりなので、どういう返事が来るのか待たれますね…。

追記)

もとよりわざわざこういう誰しもが目にできるような場所で伝えることではないんですけどね。
無関係ではないけど、関係者というほどでもない、そういう距離感と、あと仕事で音楽をやってそこそこの範囲の人たちとお付き合いしている中で得たコト(これはやったらダメ、これはむしろやるべきの判断とか)、それと照らして、今の事情がどういう風にボクに見えているかをまず伝えたいと思っています。じゃないと話にならないと思うので。
だから、私情やら思い入れっていうんですかね、ありますけど、まずそれを抜きにしたいです。

上の話で思い出したんですが、最近2度ほど立て続けに耳にした話で、わざと相手を苛つかせて話の流れを自分に有利なほうに持っていくのが、こっちの世界でもぼちぼち目につき始めているようですね。
揺さぶりをかけられたときは冷静になって対応したほうがいいと思います。鋭敏な感覚がものを言う世界ではあると思いますが、感情や感覚を優先するのは創作(演奏)の場だけに限ったほうがよさそうです。

おそらく最後の追記)

結論から言うとヤブヘビでした。若干被弾。
根本的な思い違いが引き起こした舌禍と言えなくもないので、その点は反省です。
この段階でやっと問題と争点のズレの把握に至ったってことに何とも苦みが残ります。
結果把握できてよかったのだけど、今の今まであれだけ時間があって、スタンスを理解したり尊重し合えてなかったってことなのかな。
我慢や事なかれ主義は後々問題になることがあると思うので、自分も注意しなきゃなと改めて思いました。
気にかかっていた部分については個人的にある程度理解できた(同調できない部分もあるけど、だからと言ってボクの考え方を押し付けようとは思わない)ので、これはこれで片付けるほかないなというのが今の率直な感想。

結婚しました

一昨日InterBEEの見学、昨晩はKOSS aka Kuniyukiのライブ、そんな出張でしたけども、帰ってきて今日、区役所に届を出してきました。つまり今日から所帯持ち。11月22日は「いい夫婦の日」。仕事のほうも頑張らなきゃねえ。

近況081119

明日から出張なので、3日間くらいはネット見ないかもです。無事帰札したら一件だけ報告予定ありますが。

今週入ってからは待ち疲れというか。
臨戦態勢整えておきながらも一向に敵軍やってこないみたいな、もやーんとした日常。

仕事と関係ないんですが、
/ekskleiv/ : jinon: makou: jinon: そうそう、いろんなところでお世話になってる…

jinon:

makou:

jinon:

そうそう、いろんなところでお世話になってる @makou さんがおらのサイトをブクマしてくれたんだけど、そこで「twitterやtumblrなんかでのjinonさんと面白いくらい小説のイメージが合致して る。」ってコメントしてくれてすごく新鮮だった。自分では分からないので…。

実際には会ったこともないのだけど、目の前で語られているのを聞いているような、
他の誰でもない@jinonさんが語っている、そんな錯覚。
あまり味わったことがない不思議な感覚。

それは不思議な感覚ですね。僕も体験してみたいですw

一つ思うのは、それは twitter/tumblr 等のサービスが可能にした、あまり一般的ではない体験かもしれないということです。もちろん、makou さんの感性があってのものであるのは言うまでもないですが。あと多分「境界」(http://jinon.jp/shortstories /kyoukai/001.html)という短編を読んでいただいての感想だと思いますが、あれはかなり古い分、確かに僕のコアの部分が出ているのかもし れないと思います。

それはともかく、一連の makou さんの感想はいろいろと考える燃料になりました。なので後でちょっとした記事をサイトの方に掲載するかもしれません。その際はもちろん引用とかリンクとかさせてもらいます。なにとぞご了承下さいまし。

人となりを知るほど合致感は薄れるかも、などというと身も蓋もなさそうですが。
あの距離感だとこういう感覚になるのかー、と思いつつブコメ書いたのを覚えています。
ちなみにaboutに目を通した後「アイスファンタジー第一話」読んでブクマってから「境界」読んで、twittstarに気付いて足跡付けました。他のはまだ読んでいません;スイマセン。

引用、リンクに関しては容赦なしにしていただいて結構です。

TwitterやTumblr.、あとLast.fmでもつながっているjinon氏の小説サイト(連載やんじのん)がオープンされたのをやや遅れて知って、早速読んでブクマったらTumblr.上でレスポンスをくださったのですよ。

あらかじめ書いておきますが、その日々のTwitterやTumblr.で流れてくるつぶやきやコメントを読んで、憧れを感じる一人なのですね。だから私のほうというと恐縮しまくっているのですが。
あともう1つ、文学詳しくないです。文学どころか全般に亘って暗いです。だからこそ、この歳になって慌ててあちこち徘徊してる…彷徨してるといったほうが正しいのかな、そんな感じなので、もし買い被っている方がいらっしゃったとすればゴメンナサイと(卑屈にはなるもんか!)。

イメージが合致したと感じたその根っこ、それがどこにあるのかなあ、それを今も自分なりに色々考えているのですが、一つ思い当たるのは、ある日のTwitter上での氏のつぶやき(プライベートなことなのと、ログ探すのがちょい面倒なのとで、海に行った辺りの発言というふうにボカしておきます;なんかストーカーっぽいですけど、わりとそういうのが記憶に残っちゃうもんでスイマセン…)で、そのタッチというか、出来事に対しての距離感というか、目で何を見てそれが語順含めてどういう順序で語られるとか、その辺りの印象が一致したのかなあと思っています。
あまり印象のいい言い回しじゃないかもしれませんが、セピアがかって見えるというか。Tumblr.で氏がどういう絵や写真や文章に興味を持たれているのかもdashboard越しに(正確にはフィードですが)見ちゃっているので、何かボクの中には氏に対するイメージができちゃっているのかもしれません。それが合致したのかもしれませんし。

それはさておき、凄く親しいわけではない、だけど日々の(誰に語るでもない)つぶやきを見て知れるのって、案外不思議。
そうした特殊な状況下、いや、人や住んでいる地域によっては全く特殊じゃないかもですが、そんな状況下だとふだんの何気ないことも何気なく感じられるのかも…、そしてそういう時代になってきているのかも…、だとしたら感じられるかもしれないことを逃さず感じられるように常時気を張ることがクリエイトする人間にとっては必要とされ始めているのかもしれん、と感じました。あ、それ自体を今の今まで感じ逃していたのかもしれませんけどね。

話は変わって、↓ここからは下書きしたまま放ったらかしにしていたモノ。

2008-10-31 – とろけるあめ : 作品乞食のススメ
途中で切って意味不明になるとよくないと思ったので全文引用。

なにか映画をみたり、本を読んだり、舞台をみたり、絵をみたりして、それがあまりすきじゃなかったとしても、わたしはそうそう「つまんなかった」で片づけられない  作品からなにかしら得ようとしたくなる。それはせっかくお金をかけてみにいったり、読んだものを切り捨てるのはもったいないとおもってしまう、貧乏、ケチだから。それにわたしの頭はまだ薄っぺらだから、作品からなにか得て頭を更新しないととおもうから。   なにか作品をみたあと、つまんなかったとか、面白くないとか良くないとつっぱねることのできるひとって、いろいろ豊かなんだとおもう。作品を見に行くためにかけたお金なんて惜しくないお金持ちで、作品からなにか得なくたってすでに頭がお腹いっぱいだというひとだとおもう。   作品に対するときは、ぜったい、貧乏のほうが、頭がぺこぺこのほうが、鑑賞者としてしあわせだとおもう

消費者ではなく、あくまでクリエイトする人としてのお話と解釈して。
20代のころ似たようなこと(貶すポイントだけを探して作品鑑賞する知り合いがいるって話だったので、‘似たようなこと’としておきますが)を考えていて、今はまたそれと少しだけ考えが変わっていまして…。進歩なのか退化なのかわかりませんけども。
ブックマークコメントにも書いた通り、あまり好きじゃないものを見て「つまらない」以外の感想を持てないのはお金や時間関係なしに、自分という人間そのものが貧しいのかなとボクは思っています。失敗を次に活かせないのと大して変わらんのじゃないかなと。

Loyal Little Bird

もう1件、また全く別の話題で更新。

loyal little bird

自分のTumblr.にもPostしたし、何日か前のニュースなので既にご覧になった方も多いかとは思うのですが。

The photographs you are about to see show how a very determined male bird tries to save his female mate that has been seriously injured.
Here the female bird is injured and her condition is not good.
The male bird brings her food and attends to her with love and compassion.
Although he tries to help her, she is too badly injured and dies.
He is shocked over her death and tries desperately to bring her back to life, trying to pull her up and make her move.
He finally realizes that his sweetheart has passed away and will never come back to him, and brokenhearted – he cries over his lost love.
He stands by her side, calling and crying for help. He is devastated by her death.
Finally realizing that she will never return to him, he stands beside her lifeless body with great sadness and sorrow, unable to leave her side.
The photos of these two birds are said to have been taken in the Republic of the Ukraine. This male bird was bound and determined to save his female mate. The photographer sold these pictures for a small price to one of the most famous newspapers in France. All the copies of that newspaper were sold out on the day they published these photos.

-この写真は瀕死のメス鳥を救おうと決意したオス鳥の様子。
写真で見えるようにメス鳥は怪我をしており、容体が良くない。
オス鳥はエサを携え、愛と憐みの情を彼女に捧げている。
助けたい思いも報われず、彼女の怪我はあまりに深く、死んでしまう。
彼女の死にショックを受けるが、生き返らせようと、彼女の体を持ち上げたり動かしたり。
彼女がもう帰らぬ身となったと悟り、深く心を痛め失われた愛を嘆く。
(それでも)声の限りに助けを求める。彼はすっかり彼女の死に打ちのめされていた。
彼女が二度と戻らぬとわかり、ついに亡骸の傍らで深い悲しみに落ちる。立ち去ることなどできず。

この2羽の鳥の写真はウクライナで撮られたらしい。オス鳥は必ず恋人を救おうと決意する。
撮影した人は、フランスの新聞社に小さな金額で写真を売り、写真を載せた新聞はその日のうちに全て売れてしまったそうだ。

誤訳してたらごめんなさい。

死を理解してゆくオス鳥を思うと、何か心の締め付けられる思いがします。
彼はどういうふうに理解したんでしょうかね…。いや、理解できていないかもしれません。

相手の労力を省くための対象の具体化

ちょいちょいテーマ(見た目)変えてますが、前までのテーマは意外と長いこと使っていたかなあと思ってます。
また気分を変えて、今度は自分のテーマカラーであるグリーン系にしました。

DeliciousのDaily Postは結局Jobを消してもらって新たに設定し直しました(前に書いたような書いていないような)。
1日2度Postされる/それを閲覧させられる/それをFeedとして受け取るウザさはなくなったのではないかと…。依然変わらず、日常業務に支障ない程度に「浅くてもいいので広く」の情報チェック姿勢。だけど興味の沸かない分野は無理して掘り下げない方針も変えず。情報に対しては一定の距離を置くという具合ですね。
なにせ、Bookmarkしたものが自動的に自分の日記にPostされてしまうDaily Postなので、Bookmarkは開かれた場所に置かれるものという意識に自ずとなり、そのお蔭か、自分用のコメントだからそこに茶々を入れられるのは不本意だなどとダダをこねられなくなります。退路を断つ意味は別段無かったんですが、試験的とはいえDaily Postを使ってみて結果よかったなと。

で、また全然話は変わるんですが、シビア(厳しいという意味じゃなくて厳密という意味で)な仕事の中での伝達事項は曖昧じゃあいかんと思うんですね。むろんシビアである必要のない仕事なんてなかなかあったもんじゃないし、曖昧な伝達が仕事上望ましくないのも当たり前のことだと思うんですが改めて。
曖昧な自分の言い方で相手に余計な類推とか手間をかけさせてしまうと、めんどくせーなコイツって思われるかもしれません。「どなたか通訳していただける方はいらっしゃいませんか?」とまで言われてしまうかも(押し殺してにこやかに対応される方が多いとは思いますが、内心イラッときているんじゃないですかね)。
「昨日のメールの件」じゃなくて「昨日の5時にいただいたメールの某の件」のほうが指示しているものは明確。「昨日はいっぱいメールを受け取ったので…ちょっとゴメンナサイ」と相手に言わせてその上メールソフトを確認させたり、「何時頃にお送りいただいたものですかね?」と聞き返させるようなことがあったら、それは伝え方として失敗だなと。減点10(甘いか。甘いかもな)。
ま、議事録が取られている状況であれば、余計な1回分のやり取りが当人の赤っ恥として記録に残ることになるんで、それがかまわないってんならイイのかもしれませんがね。
具体性、明言は、責任の所在をハッキリさせる意味でも、大事な時間を節約する意味でも大事だと思います。たとえばバグの発生条件がハッキリしないだけで何日消費しなければいけないみたいなもんで…、怖い怖い。
かといって、明言、断言すると問題が起きる場合ももちろんあるので、一事が万事で考えられてもマズいんですけどね。

なんとなくオマケ

1910年代の大阪・高麗橋1910年代の大阪 • 高麗橋

大阪の高麗橋が最初にできたのは、豊臣秀吉(1536~1598)の時代。大阪には公儀(幕府)が架けた橋は12しかないが、その一つで1598年に完成した巨大な豊臣の大阪城の外堀だった東横堀川に架かっていた。高麗橋から城の巨大な天守閣が眺められるように架けられていた。この橋は城と、商いの場だった船場をつなぐ橋として大阪の歴史を通じて極めて重要な役割を演じて来た。

歴史に培われた伝統工芸の「程よさ」

マスタリング済みのものをまとめて渡してくれと言ったのにマスタリング前のものを渡されたり、元々の形式と合致するファイルで作成してと言ったのに序列の組み換えの影響で対応関係が崩れたものをその調整なく渡されたり、個々には小さなミス。
今回は窓口になるべく専念していたので、基本的にはボクのミスじゃなかったのだけど、ボクが一人でたくさんのミスを犯したみたいになってしまいました。
細密な確認作業を怠ったのは事実ですが、「この程度のミスならボクのほうで直しておこう」が毎日次第に溜まって終いには溢れてしまった感。というか、問題が起きたら小さくてもその瞬間に指摘して当人に直してもらわないとダメだなと身をもって感じた次第。もう少し周りに厳しく接したほうがよさそうです。

さて、昨晩仕事を終えて近所の店でボスと食事&お酒して、隣の席のややご年配のご夫婦とお話をしたりしていたんですが、なんでも、京都の宿に赴いた際、そこの桧製の湯桶や風呂桶の手触りにいたく感銘を受けたとのこと。
立派にカンナの掛かったツルツルの感触でもなく、もちろん切ってそのままのザラザラの感触でもなく、程よいザラつきのある手触りだったそうです。
ザラザラだと手触りが悪く、ツルツルだとお湯が入った湯桶が手から滑ってしまうので、そうした仕上がりである必要があると(人間国宝の樽職人の手によるものだったらしい)。
虫が留まることもできないようなツルっツルの感触ってなんだかステキ!と思っちゃいますし、デザインとしての完成度が高ぇなともつい思ってしまうんですが、工業デザインって機能が損なわれていないかも含めて判断されるんだよなって改めて思いました。
程よく、って匙加減の難しいところで、ややもすれば一世代じゃ足らず何世代にもわたって研究されてようやく落ち着くのかもしれません。「伝統の中で培われた」とかいう言い回しはあまりに頻繁に耳にし過ぎて、意味するところをボク自身見失ってしまっていたんですが、ああ、そういう部分に現れうるのかもなあと。
叩き上げってカッコいいけど、んで、一概に言えないのは重々承知の上だけど、そういう伝統の中で培われたものが理解できている人は、見た目にカッコいいだけじゃないものを作ることができるのかもしれません。
似たようなことは音楽を作る人に対しても言えるのかなと。音楽は工業デザインではないけれども、伝統というか歴史の中で価値を認められた表現に対して少なくとも‘意識を向けて’始めてそれを‘活用’できるというか。良い悪いの話じゃなくて。

あと、程よくってのはやっぱりわからない。程よくの加減を的確に説明するのも難しい。
だから指示の際に程よくとかやり過ぎない程度にとか漠然としたことを伝えるのは危険だし、ましてやそれで伝えた気になってしまうのは危険で、あまつさえ伝わっていないといって逆ギレしてもどうしようもない。

今日はついでにLogicとかSoundTrackでいうMatchEQ的な…、この類の処理はなんていうんでしょう、差分補完?系の処理を盲信するともしかしたらマズいかもよ、的な話も書こうと思ったんですが、気が向いたらそのうち書きます。