今年はなぜか身の回りで、事務所移転するつもりだとか事務所移転したとか、そんな話がよく聞かれます。
移転こそしていませんが、いま現在僕が勤めているスタジオリッチョも今年に入ってからビルの別の階を借り始めて、その1つに僕が居座らせていただいてますよ。
先週末にC社のCSP推進室の方たち、つまり僕にとっての元同僚たちに誘われて、札幌は手稲の前田森林公園までバーベキューしに行きました。
雨が降ったり止んだり、ややこしい天気の中、腹いっぱい肉やら何やらを食って、帰りに、これまたC社の同僚であった入澤さんが社長を勤めるエコモットに寄りました。オフィスデスクをもらいに。
エコモットもつい最近引っ越して、以前よりも遥かに行きやすい場所にやってきました。
仕事にいっそう力が入りそうですね。何かまたやろうぜ!
で、今日は、つい先週事務所を移転したC社を、スタジオリッチョのボスと連れ立って訪問しました。移転祝いに紅白のワインを携えて。
オフィス!
超オフィス!
きれい!
広い!
むやみに羨んだり褒めたりするのは僕のポリシーに反するんですが、でもついつい羨みの言葉が口を衝いて出てしまいました(羨みを妬みにする人と励みにする人と世の中にはいますが、どう考えても妬みにするのは不毛ですね)。
一時間半くらい伊藤社長とお話をして、今のこの転換期、音を売る/音楽を売る方法の難しさとか重大さを、音や音楽に携わる人がもっと我が身のこととして考える必要があるなあって思いました。
印象的だったのが、CDというメディアに対しての認識の変化のお話。
津田大介さんも伊藤穣一さんも、伊藤社長とお話をしたときに同じことを言っていたようで、若い人の間ではCDは単なる容器になりつつあるようです。Pケースなんかは容器といっていいでしょうけど。
音楽の入った容器なので、容器の中身である音楽を他のもの(HDとかiPodとか)に移してしまったら、もう用済みだから捨ててしまう、そういう考え方ですね。
せいぜいリッピングが済んでしまったら中古CD屋に持っていく、その程度のことであれば僕も考えないではないんですけど、容器だから捨ててしまうってのは考えたことがありませんでした。
自分自身そんなに古い世代でもないかなあなんて思っていたものの、明らかに違う世代はもうそこにあるんですね(札幌ではCD屋の店先にCDケースが捨てられているのを見たことがないので、その面で、地域差ってのもあるかもしれません)。
中身だけ売るっていうのが例えば楽曲のダウンロード販売だったりする、だけどダウンロード販売がそこまで魅力的なものかというと、ネットで話題になるほどの浸透度ではまだないようだし、じゃあこの先音やら音楽やらはどういう形で売られたり広まっていったりするのだろうね、って。
前述のバーベキューの後にエコモットを訪問して、さらにその後、事務所まで友人に送ってもらったんですが、そこで偶然J2氏ともバッタリ(C社デーでしたね、この日)。
事務所の前の焼きとん屋で2時間ちょっと話をしていて、ここでもやっぱり、この先音楽は誰にどう聞かれるようになっていくのがいいのかみたいな話になりました。
レコード会社やらプロダクションやらレーベルやら(若干かぶってますけど)は既に不要になりつつある、著作権を管理する団体ももしかしたら要らなくなる、だってもう個人でやれるだけの環境が整いつつあるじゃん、っていうような話。
いま、毎日ものすごい量の音楽が生まれていく。生まれるけど死なない。だからものすごいペースで世の中に音楽が溢れていっている。その溢れかえるほどの量の音楽の中から自分の好きな音楽を探すのは、実は至難の業なんですよね。
売るのも大変だけど、買うのも大変なんですよ、本当はきっと。
相変わらずの乱筆で、相変わらずの推敲ナシ。