ちょっと作業用にデータ整理をしてたら、C社時代および退社後の制作曲数がタイトル数でいうと600曲弱って出てきまして。
いや、もちろん不本意にも片手間に作ったものが相当混じってるんですけど、思ってたよりたくさん作ったんだなあと思いました。
フォーマット違いやバージョン違いも作らなくてはいけないので、ファイル数としてはその4~5倍くらいの数ですかね。
最近は、もう外の人間なので運営に対しての口出しなんかもせず、ただ作って渡す感じ。不手際があったらそのつど愚痴る程度。
かれこれ6年近く前になるんですね、あの携帯サイトができたのが。
特に開設にあたって必要な曲数を揃えるだとか、別サイトとの提携時に必要な曲数を揃えるだとか、大変な時期が2度ほどあって、もっぱらその時期に質を問わず量産したのがこの数として表れているんですね。
2年も3年も3年も4年も前辺り、着うたが注目され始めた辺りから急速に着メロサイトに対する人々の興味は失われていって、個人的には潮時だろうなと思ったというか、そもそもボク自身が着メロを‘使う’ことに対しての興味もあまりなかったというか、着メロ以外にもやってみたいことはあったので、携帯のほうはいつ終わってもいいやと思っていたんですが、結局それが終わる前に、会社員としての人生が先に終わってしまったという(あー、また別なところで始まりつつありますけどね)。
所詮携帯の音源ではそこまでクオリティの高いものは求められていないって状況が世の中にはあったんで、その先入観を裏切る使い方をすれば関心を引くことができる、といった非常に攻めやすい、ほんのり幸せな時代が最初にはありました。
そういった戦略を クリエイターである自分自身がある程度作れて、やりたい放題できた頃は手ごたえもあって、それが携帯サイトの収益にもつながるわけだから一挙両得な感じ(内部的にWin-Winな感じ)だったんですが、よくある話、だんだんやりづらいような体制になっていったんですよねえ。
そういった体制転換っていうのは今でこそ必要なことと理解できていますが、経営や運営に対する興味もない状態で働いているとなかなか必要さを実感として持てなかったりします。
そんなこんなで曲も作りながら効果音も編集しながら、時折来る携帯向けプリセットサウンドの編集やら合わせ込み(筐体の特性に合わせて音質の調整;オーディオデータの調整ではなく、MIDIデータと音色データの調整になる)をし、データベースのお手入れもしたり、もちろん今も決してヒマではないんですが、考えてみりゃあの時のほうが実は忙しかったんだよなあと。
先日の出張先で飲みながら話をしていて、 ‘働いて金をもらう’のか’、‘金をもらって働く’のかっていうのが凄く気にかかりました。
業界や会社の規模にもよるんでしょうけど、社会の仕組み以前に好みの問題として、ボク自身は‘働いて金をもらう’ほうが「認められた」的な手ごたえがあって好きです。‘よりたくさん/確実に働けばよりたくさんの報酬をもらえる’と考えたほうがモチベーション上がりますし。
だけど‘金をもらって働く’という認識の人も大勢います。
それを否定する気は毛頭ないんですが、その認識によって迷惑をかけるようなことや無責任ととられるようなことがあっては、問題が起きても自己正当化のしようがないし、フォローのしようもないよなあと。
たとえそこで責任とかいうものに対して発起しても、基本的なスタンスが個としての自分のままであると、身勝手という言葉で一括りに言ってしまえるような事態が起きかねないので危ないなあと。
まあ余談なんですが。