Archive for 11月 2007

音を売るのではなく

本当は今日音響機器展を見に行く予定だったんだけど、朝からアレコレ片付けているうちに15時くらいになってしまったので、あきらめてスタジオに来ました。
今日はもういっそ、いろいろデータを整理するための日ということに。

で、モニタの向こうでお師匠の仕事振りが見えて、なまら(あえて北海道弁)かっこいいサウンドクリップが聞こえていて、そういう仕事振りを見たり、あと昨日はKuniyukiさんがスタジオに来られてニューアルバムを聞かせて下さって、そんなここ2日を過ごして(まるでボクが仕事していないみたいだけれども、やってますよ、もちろん)ふと思ったのは、音楽家は音を売るんじゃなくて、音に対する自分の執着というか信念というか、ひらたく言えば自分の感性を売っているんだってことです。音は伝えるための道具。
音を使うっていう段階でとどまっていやしないか、伝えるための音が伝えようとする表現を遮断していやしないか、自分は道具に使われてしまっていやしないか。

よくいう‘こだわり’ってのがもっと深い部分から発せられないと、ものを伝えるというのは難しいかもしれないなあと思った次第。

近況071126

とあるプロジェクトに2曲ほど楽曲提供。詳しい情報の公開は遅くても半年以内にできると思うんですが…。
で、久しぶりに根を詰めて作ったなあと。

ここからは表沙汰にできる範囲でのお仕事日記というか。

先月の中頃にサイケトランスっぽい感じのを1曲というお話がありまして、恒例の(インチキな)ギミックを放り込んだ曲を提供させてもらいました。
808のBDにベンドをかけた後ちょい歪ませて倍音作ってハイパスかけるっていうベタなキック音、それと鋸歯波にQきつめのバンドパスかけて歪ませたベース音。これである程度トランスっぽく聞こえるんで、それをベースにちょこちょこと。
サビ部分をちょっとだけシンフォニックな雰囲気にしたら、必要以上にドラマチックな感じになっちゃったんですけど、そこはご愛嬌。
せっかくなのでギターをRiccio氏にお願いして弾いてもらいました。BPM早くて比較的荒々しい曲調なので「若気の至りな感じでお願いします」って。

ほかの仕事のほうが実はいま予定押し押しで、今月中は多少時間に余裕があったので、こちらからお願いしてもう1曲作らせてもらいました。先方からの選択肢がいくつかあったんですが、あえて大変そうなアラブ音楽調のものを選んでみました。
アラブ音楽は正直門外漢なので、スタジオからアラブ音楽の参考資料(CDと書籍)を拝借して、ちょっとだけ勉強させてもらって、でもやっぱり迷走しながら制作。
構想としては、演奏されている音楽をテクスチャー化してイントロにして、曲中随所に何度かフレーズが顔を出す感じ。だもんで、こりゃやっぱり演奏を録音しなきゃダメそうな気がして、またRiccio氏にお願いしてSazとOud, Tablaをレコーディングさせてもらいました。
3拍子で作ることに決めたものの、アラブのリズムパターンを取り入れてフレーズを乗せていくと妙にグルーヴが出ちゃうんですね。あまりグルーヴが強いと用途に向かなくなってしまうというか、もともと画にあてる音なんで主張しすぎてしまうとよくありませんわね。
ってことで、叩き台ができてからはセコセコとノートを調整したり、リフを安定させていったり、帯域を上にシフトしていくみたいなのが後半のメインの作業になりました。すったもんだありつつも仮の仕上げで今に至る、という。
思えば数年振り、たぶん大学のとき以来だから15年振りくらいじゃないかと思うんですけど、昔よくやっていた無調性的なアプローチを試してみました。以前無調性っぽいアプローチのリハビリをしたときにはまんまと玉砕したんですけど、曲調によるんでしょうかね、今回はわりとすんなりデキたのが不思議。

以下、この2曲目のほうの制作作業中のスクリーンショット。何の役に立つかわかりませんが、何かのヒントになる人がいるかもしれないので貼っておきます。

曲SS3s曲調が強くなり過ぎたので、せっかくレコーディングしたOudは使いませんでした。はじめは随分Automationデータが多かったんですがだいぶ削ぎ落としましたです。
リージョン(チャンク)名は音色とは全く合致してません。苦労の跡ですね。自分の記憶力との勝負でもあったり。

曲SS3sLogic7のEnvironment。
Logic8だとNIのプラグイン‘RA’のプルダウンが表示されず仕事になりません(NIのフォーラムを見る限りだと、Logic8のバージョンアップでの対応を待つしかないっぽいです)。そこかしこにインサートしてあるBitCrusherは波形の角を叩いてトータルの音圧を稼ぐために最近多用しています。
ちなみに1曲目のほうはskidderを使いたかったのでCubaseで作りました。曲調が曲調だったので例のキックの音をSideChainでストリングス用のコンプに突っ込んでみました(このスクリーンショットには全く関係ありませんが)。

曲SS2sRewireでslaveにしているReason4。Logicで作ると重くなってしまう音を出させるのに使用。Thorも使ってみたかったんですけど、また別の機会に。

48kHz, 24bitの環境下で作業してたんですけど、44.1kHz, 16bitのキャパシティなんてロクなもんじゃないとつくづく思いました。

SAS2007

明日18日にさっぽろアートステージ2007 : ART!MEET!MART!があって、ちょっと仕事の時間との都合が微妙なのですが、行けそうなら行っておきたいなと。
記念フォーラムに、ボクがお手伝い中のスタジオのボスが参戦してることもあって。

いわゆる‘アート’ってものに対する関心が自分の中で高まってきたのは、わりと最近のことで(さすがにTumblrやるよりは前)、初心者の域は抜けていませんね。
音楽の仕事に携わっていながらこんな歳になるまで脱‘アート初心者’の機会に巡り合えなかったもんか、と妙な感慨があったりします。
で、ぽつぽつと札幌でのアートとかそういうことについて考えさせられる最近です。
思い出したのが、初期のTumblrでのReblogで目にしたナガオカケンメイ氏のBlogの文章。以下、それとはまた別に、改めていま読んでみての抜粋。

知らない土地のデザイン的船頭など、止めて欲しい。その一時しのぎの「きれいごと」がいかにも正しくとも、結果としてその地域独特な生体系を狂わせて行く。
-地場再生の答えは「東京的な成功を追わない」である。 | ナガオカ日記 | D&DEPARTMENT

結果として、席の数の増加は、厨房の食材の仕入れから、ホールで働くスタッフの数を変えて行く。そして、いつのまにかブームは去り、一度広げたものを縮小できずに、経営を圧迫する。
-地場再生の答えは「東京的な成功を追わない」である。 | ナガオカ日記 | D&DEPARTMENT

(↑増田の或る病院の一生を想起させますね…)

国のお金で、付き合いのなかったデザイナーを呼んで、代々続いているモノ作りの骨格に参加してもらうことは、やりようによっては、貴重な企業の歴史を閉じることにつながるくらいの危険な行為だ。少なくとも、以下のことは約束させるべきだ。1 その土地に住んでもらうこと。もしくは、それと同等なことをして物理的共有ができること。 2 販売に深く関わってもらうこと。成功の報酬は補助金ではなく、そこから支払うことはもちろん、事業がうまくいかなくなった場合のリスクもデザイナーと共有すること。最初にその指導者がどんな権威であろうとも、コンサルティング料として多額を支払わないこと。また、そうした条件に理解を示さないデザイナーとは、一緒にやらないこと。
-地場再生の答えは「東京的な成功を追わない」である。 | ナガオカ日記 | D&DEPARTMENT

札幌市文化芸術振興条例が地場再生を目論んだものなのか知りませんが。
ボク個人がよく思うのは、アートなんて元来そんなにカッコイイもんじゃなくてもっと汗臭くて地味なもんだったりするから、作品とかアーティストの恰好だけ見て無闇に憧れを持つのはよしたほうがいいってこと。間口を持つことに対する悲観ではないです。苦労できる場所、もしくは逆にその苦労をちょっとだけショートカットできるような場所(要するに教育機関、実験機関としての場所や批評空間)がいまの札幌には相当少ないと思うってことです。もちろん、それじゃあ増やせばいいというものでもありませんがね。
ネットなんかで札幌みたいな辺境の人でも目にすることが出来るものには、芸術なのか芸なのかハッキリしない作品が多いと思うんで、寒い冬なんかはキッチリ服を着込んで一風変わったアトリエにでもわざわざ足を運んで、現物を目にするとか、そういう方面を奨励していったほうがいいんじゃないかと思います。あと、札幌の人が札幌という土地柄を理解することですかね。

(記事統合:以下、2007-11-23初出)

今週中は非常に濃ゆい時間を過ごしてます。まこーです。
今週末に上げなきゃいけない曲が早々に煮詰まっていて、明日と明後日で形にしないと。せっかく、SazとOudとTablaをレコーディングしたのでうまく活かしたいですね。あと、携帯のほう、ああ、これは後回しでいいや。

遅くなりましたが、一つ前の記事で触れた‘さっぽろアートステージ’を日曜日に見て来ました。
なんというか、正直なとこ言うと、記事立ててまで書くほどのことは何もなかったっていう感じです。
思いのほか人が多くてビックリ。会場がマーケット的になっていて、自分の作品を展示して売っている方や、パフォーマンスをされている方も多く、ライブを見 に来る方、工作目当ての子連れの方、色々でした。まあ、人をたくさん集めるのが目的であるならば、それでいいのかもなと。お目当てのもの見たら帰っちゃう 方々ですけど。それが振興に当たると市の方々が考えているのであればそれでいいのかもなあ。

文化芸術振興条例に対する市の気概を見たいってのが大きくて、フォーラムでどういった話がされるのか期待していたんですが、結局どうしたいのか/ど うなりたいのかがよくわかりませんでしたね。市長の話を聞く限り、ニューディール政策に倣って文化芸術でもって人寄せしよう、折よく廃校になった学校なん かが市内でも余っているからアーティストの活動の場として提供しよう、ということじゃないかと思うんですが…。それは非常にありがたいことなんですけど、 なんというか、こう、それ以上のことは何もしてくれそうにない感じです。充分といえば充分で、ありがたいことなんですけどね。ここから1年の間に、じゃあ 市内の文化芸術レベルが向上するかっていうと、たぶんムリだろうなって思いました。

で全く話は変わって、昨日は恒例の飲み会。いつになく弾けてましたね、平日なのに。お蔭で今日は皆さんあまり仕事が捗らなかったんじゃないかと思います。
やっぱ楽しいです、このメンツ。場所と時間の確定が直前になってしまったので、本当はflag75氏も呼びたかったんですけどあまりに直前過ぎて断られてしまいました、残念。
少なくとも昨日は今までで一番盛り上がりました。
すごくいい具合に個々がバラバラに信念を持って音楽に接していて(とある界隈ではこれをよくキチガイと称してリスペクトしているようですが)、回も5回と なるとお互いのスタンスが多少わかってきたこともあって、だから同調する/影響するのとぶつかるのとがどんどん等価値的になってきていると思います。必要 以上に卑下する必要もないし、ハッタリかます必要も驕り高ぶる必要もないので、無知なら無知なりの自分でいられる気楽さってのがあります。ていうか、みん な本当にいい人。そういう場に加われる幸せを感じる日々ですね。

聞いたり見たりし‘ながら’できない仕事だなと

iTunesとかで自分の好きな音楽、こういうときは気分のノる音楽、こういうときは落ち着かせる音楽なんてのを聞きながら仕事をできる人が羨ましいなと思うことがある。

さすがに他人の音楽を聞きながら同時に自分の音楽を作るってのは難しい。
作り始める前や作っている合間合間にリファレンスを兼ねて他人の音楽を聞いたり、ひとしきり作り終えたあとのリフレッシュとして他人の音楽を聞いたりすることはもちろんある。

音や音楽を作っている人って案外、意図的に時間を割かないと他人の音楽を聞く時間がないかもしれない。
リフレッシュのつもりで聞いているはずが、ふと気づくと一音一音つぶさに聞いていたりして(苦手だなーと感じる音楽もそれなりに一音一音つぶさにチェックするし)、これはこれでやっぱり他に何も同時進行でき(て)ないなあ。
因果な商売? いや、好きでやってるからイイんだけど。

そうなんとなく考えていると、本格的に音や音楽を作り始める前にどれだけ音楽をたくさん/深く聞いて過ごしてきたかっていうのがかなり重大だったりするんだろうなあと。
まともにアレやコレやと音楽を聞き漁り始めた時期がモーレツに遅いボクとしてはこういう部分に劣等感を感じていたりするし、「ああ、ダメだオレ」って場面に直面する機会も実際多い。

自分の知らないいい音楽を知ろうとしたとき、音楽に携わっている人と話すのもいいけれど、音楽に携わっていない人のほうがいい音楽をたくさん知っていたりするのよね。そういう人たちとつるむべきかもしれん。
音屋さん同士で集まって話をしていても、過去の素晴らしい音楽は教えてくれるけど、今の素晴らしい音楽はなかなか教えてもらえなかったりする。

とかなんとかたまに思うのだけど、思うたびに、それは自分の考えとは違うなあと感じる。そう思って、書くべきではないなあと思うけど、書いてみた。
ま、いずれにせよ一つの考え方として無視はしない。正解はないし。まあ、よくわかんないや。

「お金さえあれば」

絵にあてる音を作らなきゃいけないときに、「うわ、オレなんかにできるだろうか」と思うときと「あー、はいはい、やっとくー」と思うときとがあって、そのときの気分の違いもあるんでしょうけど、なんらかの基準で絵を判断してるんだろうなーと思います。
なるべくなら「うわ、オレなんかにできるだろうか」って思える機会が多いのが理想ではあるんですけど、受け身なのはよくないって話はさておき(さておかないとと書けない話題が多過ぎるな、オレ)、たとえばイマイチぱっとしなくて、どうやら絵を作ったほうもそれを自覚しているらしいときがあって、「もう少しお金があればマシなものにできる」って言われる場合があるんですね。

で、ボク自身も曲を作り上げたときにイマイチしっくりきてなくて「もう少しお金があれば本物のギターを人にお願いすることができて」とか言ってしまいそうになるときもままあるので、「お金があれば」って感覚は、まああっても仕方ないかと思うわけです(発言を容認するかどうかって話)。が、世の中、常套句化っていうのが頻繁に起きたり、それが関係しているのかどうかこれもよくわかりませんが、じゃあ無尽蔵にお金があれば相当なレベルまで作り込むことができるのかってとこはお互いに触れないようにしているかもしれなくて、でもそこ大事なトコだよねって。

なんで、こんなこと思ったのかっていうと、「おおっスゴイ」って思う動画を先ほど見て、この動画に対して音をあててくれって言われたら間違いなく「オレなんかにできるだろうか」と思うだろうけど間違いなく発奮はするだろうなと感じて、はて、これに匹敵する動画を作れる人がそういえば身近にいたかな、タイプは違うけどすげーの作りそうなのがいるな、でも今持っている制作機材じゃムリかな、やっぱお金はかかるのかな、お金が無尽蔵にあったら作れるのかなって連想式に頭を過ぎったわけです。この連想からも性格の悪さがうかがえるとこだと思いますが、勘弁。

自分のことは棚に上げて思いつくまま書き殴った文章なのでいちいち文章がまわりくどいですね。すいません。

話変わりますが、Flockを使ってみましたよ。ちょっと新しい感覚ですね、これ。FlockからブログにPostできるようなんですが、Blognへの投げ込み方がわからないので、体感を得るために試しにWordPress.comにも登録してみました(もちろんPostは成功)。なんか、新鮮。しばらくあっちも使ってみようと思います。