またフィードが壊れてたっぽいので直しました。RSS1.0受け取るのがいちばん無難かも。
ちょっと久しぶりになってしまいました。10月末辺りから仕事が重なり始めてます。
日曜日にシメキリの仕事があって、今日(金曜日)中にギターのレコーディングをしなくちゃならなかったんですが、午前中、10時半くらいでしょうか、別なところから「今日中に楽曲をアレンジをしてデータを下さい」とかビックリするようなことを言われましてですね。そりゃ一日中自宅でデスクに向かって仕事してるんなら片付けられますけど、他にも仕事があって留守にすることもあるんでー。即日欲しいというのはちょっと。
ただの平日なら最悪でも徹夜して翌日朝イチには仕上げますけど、週末となると徹夜したところで土曜日にコンタクト取れないんじゃしようがないわけで。ということで煩悶としつつ。煩悶っていうのはお金の話で。ギターのレコーディングが必要な仕事のほうがお金の面では10倍以上高いので、もしそれを中止して優先的にアレンジのほうをやらなくてはいけないのであれば、そのフイになる分の金額も含めてもらえないとただこちらが損をするだけになってしまいますよね。
余談が過ぎました。
ちょっと話題古いですけどすいません。いわゆる「なんかいい」がらみの話なんですけど、以前某所に書かれていたのは、「なんかいい」で終わらせないで「なんか」が何なのかを突き詰めようぜ、特にクリエイティブな仕事をする人、って話でした。それはすごく大切なことだと思っていて、加えて大切なのは「なんかいい」という感触を自分自身で捕捉することとか、そのぼやっとしたものを否定しないことだろうなと。
漠然と思うのは、「なんかいい」って価値判断って極めて内的/内発的というか、他人に依存しない感覚だと思うんですね。何かをいいと感じるときに、経験に基づいて形成された自分の尺でもって判断する場合と、まだ見ぬ何かに得体の知れぬ肯定的な感情の高ぶりを感じる場合とがあると思って、後者のときに「なんかいい」と感じるだろうなと。
作り手として、聞き手にそういう得体の知れぬ肯定的な感情を誘発するような要素を持った作品を作るには途方もない労力もしくは閃きが必要だと思うんですけど、それよか作る早さや確実さを競うのが今のご時世で、やれ3ヶ月に一遍はシングルを出さないと存在を忘れられてしまうとか、そんなスケジュール的な心配が先立って必要になってしまっているのは凄く残念ですよね。シメキリを落とさずに確実に作品を仕上げるのも大事ですけど、そのぶん「なんかいい」ものが生まれる機会が失われているとしたら、これもまたちょっと残念な感じ。
Tumblr.やってて、(引用/紹介目的を兼ねるため必要な情報を補いつつ)方々から印象的なものをクリップさせてもらってます。当初は単に気に入った写真やらポストしてたんですが、その時代は終わったというか、それだけじゃ飽き足らずというか、特に最近は「なんだかよくわからないけど、面白さを感じる」ものに目を向けてアチコチ見て回っています(こういう変化をもたらしてくれることに凄く感謝しています)。この行為の中で、FriendsのPostを見るのはかけがえのない時間で。言葉少なに貼り付けられたものであるお蔭で色々分析することができるというか。おそらく変にデザイナーとかイラストレーターとかの知識がないお蔭で、まさしく「なんかいい」が何なのか考えるきっかけを毎日のように得ているんじゃないかと思ってます。







