ミク日記に書きかけたけど、こっちにする。
某飲み会の2次会で健悟さんが、ECMの音楽を好む人が内輪に多いってことで、「北海道の人の好む音楽、紡ぐ音楽に特色ありやなしや」って話をしていたのを思い出しました。
僕はあると思っています。思い続けています。意識できる/無意識な、っていう部分で考えるとまた別な話になってきちゃいますが。
あと、KUNIさんがサンレコの取材に答えたとき、取材する側が「スタジオの窓から山が見えて」って答えを期待していてああいう記事になったんだろうっておっしゃってました。
北海道ってカテゴライズしちゃってから記事を組み立てられると、活動に変な影響を与えやしないんだろうかと僕は少し心配しています。もっとも、KUNIさんクラスだとなんの影響もないと思うんですけど、むやみに北海道ってキーワードを売り込みに使われるのも困りますよね。大阪の星!とか、見知らぬ誰かが勝手につけた装飾句があたかも本人がそう名乗っているように見えてしまうわけで。
インタビュイーの文脈どおりの発言なのか、編集した匿名の編集者の思惑なのか、匿名の場合、最初の発言者の発言責任って考えられちゃう、そんなこんなの昨今妙に問題視される報道の難しさもあって(ニュースでも、伝える順序を変えるだけで視聴者をある程度操作できますし)。話題それるので、この話はやめ。
で、Tumblr Friendsのフィードをつつーっと見ていて目に留まった(どうしても音という字を見ると目に留まる)のがあって、引用で申し訳ないんですが。
雪は吸音体だから、音が消えちゃうんです。雪が降ったり積もったりすると遮音室に入ったような感じになって、いままで聞こえていた横断歩道の信号の音だとか車の音などが突然消えてしまう。自分が雪原のなかにポツンと孤立したような感じがする。
— 音楽を「考える」 – 茂木健一郎・江村哲二
scrap book
以下、なんとなく思いつくままに。
音楽作るにしても、絵を描くにしても、住んでいた/育った環境からの影響は多かれ少なかれありますよね。
雪はどういう影響を与えるのかなあ、与えうるのかなあと。
個人的な感覚でいうと、確かに吸音体だから音は消えちゃうけど、その分、澄んで聞こえるんじゃないかと。そういう経験を雪降る地方の人たちはしているんじゃないかなって印象があります。空気中の埃やら塵やらも凍って落ちちゃうわけですから(埃が舞わないように打ち水するみたいなもんですよね)、景色も遠くまで見えるし、音も届きやすくなるはずで、そういう経験をしているだろうと。
で、こういうのを毎年経験していると、きっと雪の降らない地方とは別の感覚が身についているだろうと思います。それがどういうふうに表現として出てくるのか、一様には語れないと思うんですが、ひとまず色んな人たちの作品やらなんやらをまとめて見てみると共通項っぽい部分が見えてくるはずで。当たり前ですが。それがたとえば北海道らしさだったり東北日本海側らしさだったりするんだろうなと思います。
ま、あと、北海道の人がそうやって色々見て思った北海道らしさと、あちらの方々が見つけた北海道らしさも違うはずなんですけどね。だから窓から山が見えて、っていうわずかながら羨望(異化といったほうが的確か?)の混じった表現を自画自賛的に北海道の人が語っているように編集されるのも一方的だなって思いますよ。って、だから、そういう話じゃなくて。
メディアの話はさておき、こういう環境に影響される表現とか、色んな人の話を聞いてみたいなって思います。何か思うところありましたらコメントでも書いていただけるとありがたいです。
あ、僕もそんなに真剣に考えてないんで、書いてくださる方は適当でいいです。







