暇つぶしに何をするか

結局無茶苦茶な勢いで技術力や生産性が上がっていくという好循環を生みつつも、本人はそれが労働だとは思っていなくて、ただ自分の大好きな玩具をひたすらいじり続けている状態でしかない。
-暇つぶしに何をやっているかがその人の本性。 – マボロシプロダクト

興味深いですね。暇を‘ちょっとでも空いた時間’と考えるとますます。

興味や関心をちょっと我慢して何かに励んで、で、束縛からいったん解放されて興味や関心のあることに取り組み始めたとき、その興味や関心のあることも仕事に関連のあることだったりして、そういうタイプの人は強いって感じちゃうね、っていったん読んだんですけどちょっとズレてるっぽい。
「飽きて来る」ってとこからすると我慢とかそういう話じゃなくて、一事が万事楽なスタンスで成果を出せちゃうっていうのに近いのかもなあと感じました。
できない子目線、できる子目線ってんじゃないですが、それこそ好きこそものの上手なれで、よほど好きだから苦もなくあんなこともこんなことも手を出しちゃえる。周りからすると、暇つぶしの間もそんなことしているの?って見えちゃうかもしれません。
「飽きて来る」っていうのはその業務に飽きるんであって、職務に飽きているんじゃないんですよね、きっと。
だから暇つぶしの意味もきっと、苦からの解放じゃなくて、単に時間からの解放なんじゃないですかね。

時間ができたら絶対手を着けてやろうと思っていることとか絶対読んでやろうと思っている本とか、結局時間ができても手を着けなかったりするみたいな話をホントによく聞きますね。
あたかも自分だけが怠惰なのではない、人類あまねくその業を負うているのだとでも説かれるかのように、実にあちこちで耳にします。
でも時間ができたら本当に手を着ける人がいるんで。
そういう方々は義務感に駆られてやっているわけじゃなく、ましてや業から解き放たれているワケでもないんですよね(いや、そうでない人から見ればそう見えるかもしれない)。
「だって、やろうと思っていたし」ときわめて平然とのたまうわけです。
だからね、ホントに好きなんだと思うのですよ。

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