勉強になりました

Geekなぺーじ : 「勉強になりました」は禁句

「勉強」という単語は、お金などの対価を受け取って何かをしているときには迂回すべき単語であるような気がしています。相手は「専門家としての知識や意見」に対して対価を払っているのであって、「その人の勉強」に対してお金を払っているわけではないからです。

「勉強になりましたなんて言葉は仕事を受けている側が口にするべきでない」というのは一理ある気がします。が、一方でイチャモンといえばイチャモンであるかもしれませんね。

「(お金をいただく身でありながら)勉強させていただき(畏れ入ります)」っていう、前提として立場に対する意識が込められた謙虚な言葉だとボクは思っているので、「口にするべきでない」と言われたら逆に「あ、そういうふうに理解しちゃう人なんだ」ってむしろちょっとガッカリしてしまいます。
もっとも、そういう回りくどい表現で意図が伝わらなくてガッカリするハメになるくらいなら、朴訥と思われようが初めから「ありがとうございます」って言ってしまったほうがよいのではと考えるタチなので、「勉強になりました」なんてボクはほとんど言ったことがないと思います。

というか、こういうときはみんな言っているような「勉強になりました」って言い回しを自分もしておけばいいんだろうっていう思考の流れが(あるとしたら、それが)なんだか脳みそを経由していない判断のように見えてちょっと残念ですね。
元記事に対して思うところとしてはそれが一番大きいです。

「勉強」はともかくも、雇われる立場の人間としては自分の何に対して報酬が与えられているのかについて意識を持つべきだろうなって、近年とても強く思い始めています。勉強中の身分の人々に支払われているのは報酬でなく、会社から自分に対しての投資と考えられそうですね。
間違いとは言えないでしょうけど、「もらったお金の分働きます」という考え方の人は、報酬を与える側からすると具合が悪いでしょう、きっと。
小さな会社にいると、報酬を与える側の人間と与えられる側の人間とはお互いすぐ目の届く範囲内にいるんで、よりシビアだと思いますよ。

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